2016年、日本の獣害史に残る惨劇が起きた。『羆を撃つ』(文藝春秋)より、秋田県鹿角市で4人が死亡した「秋田・十和利山クマ襲撃事件」を紹介する。(全4回の1回目)

十和田湖(秋田県小坂町) ©時事通信フォト

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日本の獣害史に残る惨劇

 十和利(とわり)山は、秋田県鹿角(かづの)市と青森県十和田市の境に位置する。

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 標高約990メートル、その裾野を広く引いた美しい山容から「東北のピラミッド」とも称される。

 その十和利山で、日本の獣害史に残る惨劇が起きたのは2016年のことである。

 事件の詳細は後述するが、同年5月下旬から6月にかけて、十和利山麓の秋田県鹿角市周辺で、ツキノワグマによる人身事故が7件発生。そのうち4件が死亡事故となった。

 とりわけ異例だったのは、4件の死亡事故すべてにおいて、クマによる食害の痕跡が確認された点にある。

 この「秋田・十和利山クマ襲撃事件(以下、十和利山事件)」について、おそらく日本で最も調査・検証を重ねたのがNPO法人「日本ツキノワグマ研究所」所長の米田(まいた)一彦(78・当時、以下同)だろう。現地で借家を借り、そこで寝泊まりしながらリアルタイムで事件を追いかけた執念の成果は、『人狩り熊 十和利山熊襲撃事件 本州最大級の惨事はなぜ起きたのか』(つり人社刊・2018年)としてまとめられている。

 事件から10年が経った2026年春、私はその米田にインタビューを申し込んだ。

「オレは、あの事件のことはもう書かないことに決めているんだ」

 インタビューの冒頭、米田はきっぱりとこう言った。

「事実を書き残すという意味では、『人狩り熊』で一定の役割は果たせたと思っています。これ以上、あの悲惨な事件の詳細を掘り起こすことは、かえって遺族や関係者を苦しめるじゃないか。“人の苦しみから出てくる話をもっと聞かせてくれ”というのは、とてもできない相談だ」

 それでも米田は、「とはいえ、せっかくここまで来てくれたんだ。オレは書かないけど、オレが知っていることは話すよ」とも言ってくれた。

 私が米田と向かい合っているのは広島県西部、中国山地の山あいにある彼の自宅の居間である。訪れたのは桜の咲く季節だったが、標高の高い山の冷気は室内にいても足元から這い上がってくる。気を使って米田がストーブをつけてくれた。