俳優・アーティストの城田優氏は、幼少期をスペイン・バルセロナで過ごした。11月に行われる「サグラダ・ファミリアシンフォニックコンサート」でストーリーテラーを務める城田氏が、バルセロナやザグラダ・ファミリアへの思いを語る。

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 サグラダ・ファミリアは、いつも僕を見守ってくれていました。

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 3歳からの5年間、日本人の父、スペイン人の母とともに、バルセロナに住んでいました。サグラダ・ファミリアまでは、家から電車で15分の距離。ガイドをしていた母の仕事が終わるまで、近くのお店で兄姉と一緒に待っていたこともよくあって、身近な存在でした。

城田優氏

 その当時は、まだ世界遺産にも登録されておらず、いまでは誰もがイメージする、聖堂内に鮮やかな光を導くステンドグラスも完成していません。それでも常にそこに存在し、街のどこからでも見える、バルセロナの人々が誇りにしている建物でした。東京で暮らす人にとっての東京タワーのような存在だったのです。

 バルセロナの街では、幼いながらに、たくさんのことを学びました。たとえばケセラセラ──つまり、なんとかなるさ、という感覚です。路線バスが急に止まったと思ったら、運転手が知り合いと話し込んでいる。それでも誰も怒らない。日本だったら考えられないでしょう。なにかと大らかで楽観的なんです。その一方で、曲がったことは大嫌い。自分が思ったことはきちんと主張するよう、母から教わって育ちました。その感覚は、今の僕を形作っています。

11月には14年ぶりとなるオリジナルアルバムもリリース予定

 そんな僕が小学2年で日本に帰国した時、本当に苦労しました。初めて教室に足を踏み入れたら「外人だ!」って指を指されて。個性より協調性に重きを置く日本では、顔立ちのはっきりとしたハーフの僕は教室でひどく目立ったんでしょう。居場所がないと落ち込んでいた時、「みんな地球人だって言ってやりなさい」という母の言葉に、ハッとしました。見た目やルーツなんて関係ない。一度きりの人生なんだから、自分の好きなものを信じて生きていこうと決めました。

 13歳で芸能事務所に入り、17歳で俳優デビューしても、なかなかオーディションに受かりませんでした。でも、バルセロナでの経験、母親の言葉があったからやってこられた。

 今では、かつて周囲と違うと感じていた白い肌や190センチの身長は、僕だけの個性だと考えるようになりました。ミュージカル『エリザベート』の黄泉の帝王・トート役は、僕以上にハマる人はいないと自負しています。

※約1600字の全文は、は月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年10月号に掲載されています(城田優「サグラダ・ファミリアと僕」)。

文藝春秋

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サグラダ・ファミリアと僕

出典元

文藝春秋

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