次男坊の俊次には後継がいなかった分家筋を相続させ、川西にある商家の建物を買い与えて住まわせた。親からすれば、そこで何らかの商売を始めて自立することを願っていたようだった。しかし、いつまで経っても仕事を持たず、分家したときに貰(もら)った財産をすべて使い果たしてしまう。

父の裕福な実家から生活費をもらう

それでも実家は見捨てずに支援をつづけた。月に2度、生活費が届けられる。女房子供もいる中年男のニート。普通なら肩身が狭いところだが、俊次の感覚は普通ではない。放蕩三昧(ざんまい)の日々はつづく。また、家族には絶対服従を求める暴君(ぼうくん)で、自分のことを棚に上げて妻や子供たちには厳しく自制を求める。家族が楽しそうにしたり、笑ったりするのが大嫌いで許せない。俊次の在宅中、家の中は通夜のよう。家族は俊次の顔色をうかがい、息をひそめて押し黙っている。気疲れする。外で遊び歩いてくれたほうがむしろありがたい。

また、子供のシツケにはとくに厳しい。たとえば雪の降った朝のこと、俊次が珍しく早起きして、学校に行こうとしていた千代を呼び止めた。そして、「今日は裸足(はだし)で行け。草履をはいて行くと草履は濡れて腐るかもしれん。だが、裸で歩いても足は腐らん」

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「雪の中を歩いて登校しろ」と命令

信じられないことを言ってくる。小学校は臥龍橋を渡った錦見の東端にあり、家からは1キロほど離れている。雪の降り積もるなかこの距離を歩くのは、草履を履いても辛い。しかし、暴君の命令は絶対、どんな無茶ぶりにも黙って従うしかない。雪を踏みつづける素足は、冷たさを通り越して激痛に苛まれる。それを見た近所の人々が「千代さんかわいそうに」と同情する。俊次の困った気性は近所の人々もよく知っている。

しかし、これでも俊次は娘を愛しているようだった。千代の学業成績は抜群で、通信簿はオール甲(当時は甲・乙・丙・丁の4段評定)。毎年春には旧岩国藩主の吉川家から小学校の成績優秀者に褒美が与えられるのだが、その表彰の常連でもあったという。