現職の金融担当大臣が銀座の路上で刺殺され、遺体には「ざまあ」と書かれたメモが残される。犯人はその場で自殺。この事件を発端に、日本社会全体が怒りと熱狂の渦に巻き込まれていく――。真山仁の最新長編『オペラティオ』は、SNSが政治を動かし、国民の怒りが「武器」として利用される現代日本を鋭く描いたノンストップ・ポリティカルフィクションだ。

 2023年夏から連載が開始されたこの作品は、連載中に現実が次々とフィクションに追いつく“予言的”な状況が生まれた。「事実は小説より奇なり、を超えることがミッション」と語る真山仁が、担当編集者の石井一成とともに、作品の核心と創作の秘密を明かした。(全2回の1回目)

『オペラティオ』(文藝春秋)

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「ポピュリズム」という言葉の広がり

――今年は真山さん、新刊ラッシュで本当に驚いています。私は『フィクサー』(角川春樹事務所)を読み終わったばかりなんですけれど、あまりのおもしろさにちょっと腰を抜かしまして。そして今度の最新刊、『オペラティオ』も超絶におもしろい。真山さん、今ゾーンに入っているという感じでしょうか。

真山 ここ2、3年どん底だったんですけれど、いろんなものを捨てました。例えば小説はおもしろいことが大事だから、盛り込みすぎることをやめたんです。

 連載を6本持っていた時代があり、それが順番に終わっていったんですけれど、比較的時事的なテーマが多いので、書籍にするまでにあまり時間をおけないんですよね。さらにそこに書き下ろしが入ったりしまして、気づくと2カ月に1冊ぐらいの感じで刊行しています。

――そのラッシュの中でも、今回の『オペラティオ』はポリティカルフィクションというジャンルに真山さんが改めて正面から取り組んだという意味で特別な作品だと思います。実は文藝春秋で最初に執筆いただいた作品が『コラプティオ』で、今作はその続編という位置づけでもある。まず、なぜ今この政治の世界を再び書こうと思われたのか、そのきっかけから伺えますか。

真山 やはり一つは「ポピュリズム」という言葉が、そこまで政治に関心がない人の耳にまで入る言葉になってきた、ということです。まさかこんな政党が、こんな人が、と多くの人が思う対象が選挙で当選するようになってきた。

 今まで一般の市民の政治参加で、一番大きなアクションはやはりデモだったんです。ところがデモではなく、国民の怒りをベースにした結果が政治の中に取り込まれ始めていて、左翼や右翼というイデオロギーで判断していた従来の政治学の範疇では分析することができなくなってきた。

――どちらかというと、社会心理学的な動きですよね。

真山 そうですね。今の日本は、ファシズムが世界中で広がったときのムードにすごく近いものがあると感じています。ただ、理屈ではない大きなうねりを見て、これは一体何なのかと考え始めたときには、もうそれに飲み込まれてしまっていると思うんです。

――現実の「少し先」を描けるのが小説のいいところです。

真山 ノンフィクションや政治のドキュメントにもし小説が勝つとしたら、やはり予兆の段階で警鐘を鳴らせることだと思っています。こういうものを見過ごしていると気づいたときには日本は変わってしまっているんじゃないのかというテーマだったら、小説で書けると考えました。

真山仁さん ©文藝春秋

現実が小説を追い抜いた連載3年間の格闘

――2023年夏の連載開始から振り返ると、作中の出来事がことごとく今の日本で起きている、あるいは起きつつある現象を予見するような形で物語がスタートしていたことに驚かされます。

真山 私も驚いています。連載しているときに、いくらなんでも現実からの距離が遠いかなと思いながら書いたにもかかわらず現実に抜かされてしまった、という現象が2度ほどありましたね。

――途中で抜きつ抜かれつのレースのようになってきたときがありましたよね。

真山 大きなポイントの一つは、2022年に安倍晋三元総理が暗殺されたことを我々はどう捉えるのかということです。そこから非常に殺伐とした社会がずっと続いている。そして二つ目、その殺伐さに危機感を感じなくなってきた段階で参政党が出てきたんですよ。

――お読みになった方は驚かれると思いますけど、物語に出てくるウルトラポピュリズムの政党「パトリ」は、参政党現象前に描かれたのですよね。

真山 そうなんです。ただ、現実の参政党のほうが票を取ってしまった。これでは小説は勝てないって思ったんです。それでもっと振り切ろうと。

――連載終了後にもさらにまさかのことが起きました。

真山 高市早苗さんが自民党総裁選で勝つなんて、政治を知っている人であれば誰も思っていなかった。それがまた強烈なサプライズでした。総理大臣になるはずがなかった人が総理大臣になり、なおかつ自民党が300超の議席を取ってしまうという。小説ではありえない人をあえて総理にして、こういう兆しをみんな感じていますかと警鐘を鳴らそうとしているのに、それがすでに起きてしまっているという葛藤がありましたね。