実名で自らのスキルス胃がんステージ4の状態について話すことを決意してくれた、小枝俊太さん。現在の自らの病態について、知る人は「全部合わせて20名くらい」。一方で、「ほとんどの人がこの記事で私の病気を知るのではないでしょうか」と語る。彼が自らの病気について、近しい人にも積極的には語りたくないその理由とは――。

浪人生活の終了を祝っているがんになった医学生さん(小枝さん)

◆◆◆

「落ち着きがあまりない子だった」

――幼少期の小枝さんは、どんな子どもだったのでしょう。

ADVERTISEMENT

小枝 両親の話を聞くと、こだわりが強い子だったのではないかと思います。たとえば母が料理を作ってくれても、「こっちのメニューがいい」と言って作り直しを要求したとか(笑)。

 また、落ち着きもあまりない子だったようです。覚えているのは、家族旅行でのこと。観光地で吊り橋を家族とともに渡っていました。私は足が痛くなって家族の手を突然離して、真ん中らへんでしゃがみ込んだそうです。当然、吊り橋の下は川が流れているようなところです。何とか橋を渡りきり、そのあと病院へ連れて行ってみると、股関節炎を起こしていたそうです。医師からは「あまり落ち着きがないタイプのお子さんに多いです」と言われたとか。

――大学ではバスケットボール部に所属していることからも、活発な様子がわかりますね。

小枝 小学校にあがるくらいまではポケモンとか戦隊モノのテレビが好きな少年でしたが、次第にサッカーや水泳の習い事をするようになったり、バスケットボール部に入部したりしたこともあり、趣味にもなっていった感じでしょうか。

幼き頃のがんになった医学生さん(小枝さん)

――現在、部活動には在籍だけしておられる。

小枝 そうですね。籍だけは置かせてもらっています。診断されるまでは多少の違和感を感じていながらも部活動には参加していました。

 部活動以外にもジムに行って筋トレも積極的に行っていました。

 闘病してから体を動かすことはほとんど無くなり、現在ではたまに顔を出すだけになっています。