決算書には表れないラクテンチの「三つの資産」

 そもそも、テーマパークを軌道に乗せ、持続させることは至難の業だ。USJ再建の立役者、森岡毅氏率いる「刀」でさえ西武園ゆうえんち再建や各種プロジェクトで苦戦を強いられ、イマーシブ・フォート東京は約2年で閉鎖、決算では多額の最終赤字を計上した。

 ラクテンチ買収の打診を受けた地元企業・西石油グループでも、周囲の反対意見が相次いだ。税理士は「買収すれば会社が危ない。諦めてください」と進言。数字だけ見れば、再建の見込みはなかった。

 それでも西石油グループの西貴之社長は、反対する周囲にこう伝えた。

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「僕が買いに行くのは、今のラクテンチの決算ではなく、この場所が持つ“資産”です。それを生かせば、唯一無二の遊園地として再建できるんじゃないか」

 別府で生まれ育ち、子どもの頃から家族でラクテンチを訪れていた西社長にとって、この場所は単なる赤字施設ではなかった。彼が「資産」と呼んだのは、95年以上にわたって地域に親しまれてきた「歴史」、別府の街から四国までを望む「絶景」、そして園内から湧き出る「天然温泉」だった。これらを併せ持つ遊園地は、全国を見渡してもほかにない。

西石油は、1949(昭和24)年の創業以来、別府を拠点にガソリンスタンドを展開してきた地元企業。西貴之社長はその三代目にあたる

 当時、西石油グループもまた、将来を見据えて新たな事業の柱を模索していた。人口減少や自動車を取り巻く環境の変化を考えれば、主力である石油販売は追風ばかりとはいえない。さらに2016(平成28)年の熊本地震により観光客が減り、同社のガソリンスタンドも客足の落ち込みに直面した。観光が衰えれば、地域に根を張る自社の商売も無関係ではいられない。

 一方、西社長には以前から観光業への憧れがあり、「いつか別府の基幹産業を通じて、地域に貢献したい」という思いがあった。新たな事業を模索するタイミングと、観光を通じて別府に貢献したいという長年の思い。そこに、ラクテンチ買収の話が重なったのだ。

小さな積み重ねが…

 こうして2018(平成30)年6月に西石油グループが経営権を取得。とはいえ情熱だけで立て直せるほど、経営状態は甘くなかった。そんななか西社長が現場に求めたことはただひとつ。「前年を超えること」だけだった。

「年間の売り上げ目標は立てません。売り上げなら前年より1円でも多く、来園者数なら前年同月より一人でも多く来ていただくということだけ。そのためには何をすればいいのかをひとつずつ考え、小さな目標を積み重ねてきました」

 一方で、経営不振の末に会社が譲渡された職場では、社員の士気が最初から高かったわけではない。前身の遊具施設製造企業に代わって現れたのは、地元の中小企業を率いる30代の経営者。社員たちも「本当に再建できるのか」と見定めていた。