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ミーティングルームに作られた「ミニ四駆」のサーキット

 さて、この寮には常時15人ほどの選手が生活しています。共同生活をしていると、図らずとも生活リズムが似てきます。時間の使い方も似てくるので、空いている時間は誰かの部屋に集まる、ということが自然と起こるものです。そこで、誰かがテレビゲームの「みんなのGOLF」をやり出したら、自然と誰かの部屋で大会が行われます。プロ野球選手という人間の半分は負けず嫌いでできていますから、自然と部屋にこもって自主練している人もいます(みんゴルの)。その流行りが、時に「パワプロ」になったり、「ウイイレ」になったり、「桃鉄」になったりと、様々です。海外ドラマの「プリズン・ブレイク」になった時もあります。

 その中でもとりわけ熱を帯びたのが、「ミニ四駆」です。記憶が正しければ、武山真吾さん(現中日)から始まって、藤田一也さん(現楽天)が火をつけて、寮生全体に広がっていった流れだったと思います。寮の2階に、畳30畳くらいの謎の広間があります。ミーティングルームらしいですが、ここでミーティングが行われたことはありません。この部屋の用途は、石川さんの第2クローゼットとしての機能くらいです。そこに突然、超立派なサーキットが誕生しました。ミニ四駆といえば、同世代の男なら子供の頃に一度はハマったはず。我々も例に漏れず、全員一度経験しているかつての少年たちです。しかも、当時は買えなかった様々なパーツは、今や大人買いが可能! ローマは一日にして成らなかったかもしれませんが、横須賀サーキットは近くのダイエー(現イオン)に買いに行くだけなので、45分ほどで完成しました。

 あの頃はできなかった大人買い。あんなパーツも、こんなモーターも、全て搭載した最強マシンがサーキットを走り回っている様子を眺め、恍惚の表情を浮かべる元少年(現選手)たち。人の欲とは底知れぬもので、どんどんと買い足し、「そんなに速くして、いったいどこを目指すんだろう」というくらいマシンが速くなったところで、事件は起こりました。速くなりすぎたために、下り坂からのコーナーを曲がりきれずコースアウトしてしまうのです。何度やっても、超高速で飛び出し宙を舞うオモチ……失礼、ミニ四駆。そこへ、東大出身の松家卓弘さんが覗きにきました。

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現在のベイスターズ選手寮

エンジニア松家さんの改造技術

「これ、何回やっても飛び出しちゃうんだよね〜」

 という現場の悩みを聞くと、すぐさまサーキットとマシンの状態を観察。ある答えを導き出しました。

「なるほどな。コースの設計上、このコーナーを曲がり切るには、このマシンでは空力学的に……(以下割愛)」

 どうやら、速いことが原因ではなく、マシンの重心が高いことが原因だそう。マシン自体を重くするのではなく、リアスポイラー(後部についている羽のようなやつ)の角度を変えたり長さを調節したりすれば、ダウンフォースを生み出しマシン自体が地面に押さえつけられて高速域で安定するという理論。

「難しい話はいいから、とにかく飛び出さないようにしてよ」

 と、結果を求められたエンジニア松家さんがちょちょっと手直ししたマシンは、見事コーナーを曲がり切りました。横須賀サーキットの脇で見守っていた元少年(現観客)たちは一様に歓声をあげました。150キロのストレートとフォークだけで勝負する松家さんが東大出身だということを実はあまり信じておりませんでしたが、この一件を機に心からリスペクトするようになりました。

 プロ野球選手といえど、そこに住んでいるのは18歳から20代の好奇心旺盛な若者たち。まだまだいろんなエピソードはありますが、とにかくとても楽しい寮生活でした。

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