5歳でモデル事務所入り
栗山の俳優デビューは中学2年のときに出演した映画『死国』(1999年)だが、芸能界入りは、5歳でモデル事務所に入ったときにさかのぼる。子供のころは、地元・茨城のチラシで子供服のモデルをしたり、たまにエキストラでドラマに出たりしていた。
そもそもモデル事務所に入ったのは、栗山のほうから『おかあさんといっしょ』とか『ひらけ!ポンキッキ』とかに出てみたいと言ったので、母親が探してくれたからだった。それなのに、いざテレビに出ると、人見知りの強かった彼女はいつも後ろのほうでもじもじしているので、「前に出て、もっとアピールしなさい!」と母によく言われていたという。
それでもたまに東京に行けることもあって、遊びの延長のような感覚で仕事を楽しんでいた。しかし、小学3年のとき、急に身長が伸び、子供服が着られなくなったため、キッズモデルはやめざるをえなくなる。
最初の挫折だが、1990年代前半の当時はちょうど、シンディ・クロフォードやナオミ・キャンベルなど海外のスーパーモデルたちが日本でも注目されていた時期で、栗山も「次はショーモデルだ!」と新たな夢を抱く。
だが、身長は小学4年の1年間で11センチも伸びたものの、翌年はほとんど伸びず、この夢も断念するしかなかった。
篠山紀信が1年かけて写真集を撮影
ショーモデルはあきらめたものの、10代のころはティーン誌のモデルとして活動する。そのなかで、写真家・篠山紀信の目に留まり、小学6年生から中学1年まで1年間かけて彼が撮影した写真をまとめて『神話少女 栗山千明』(新潮社)を1997年に刊行した。この写真集により栗山は一躍世に知られることになる。
翌年、前出の『死国』のヒロインを選ぶための「ミス東京ウォーカー」オーディションで2812人のなかから選ばれ、出演が決まる。黄泉の国から甦った少女の幽霊という役どころだった。
『死国』公開の翌年の2000年には、ドラマ『六番目の小夜子』(NHK)、映画『バトル・ロワイアル』と中学生たちを描いた作品にあいついで出演する。前者では、生徒役で鈴木杏、松本まりか、山田孝之、勝地涼、山崎育三郎と共演しているが、いま観ると、ほかの面々がまだあどけない顔をしているなか、栗山は当時15歳ながらすでに大人びた雰囲気を漂わせていて驚かされる。


