巨匠タランティーノから「それ、いいねえ」

『バトル・ロワイアル』に出演する2年ほど前には、同作の監督の深作欣二と、彼をリスペクトするアメリカの映画監督クエンティン・タランティーノが会食する席に栗山も呼ばれていた。タランティーノはこのとき「こういう映画を撮りたいんだよ」と話していたという。だが、それから1~2年ほど音沙汰がなく「撮ってるのかな?」と彼女が気になっていたところ、思いがけず出演オファーが舞い込む(『ピクトアップ』2003年12月号)。それが『キル・ビル Vol.1』(2003年)のGOGO夕張(ゆうばり)の役だった。

 GOGO夕張はユマ・サーマン演じる主人公ザ・ブライドと死闘を繰り広げる高校生だ。この役を演じるために、撮影に入る前の3ヵ月間、栗山はほかの出演者たちと一緒にロサンゼルスでトレーニングを行っている。最初はストレッチで体をつくるところから始め、やがてワイヤーの練習など徐々にグレードが上がっていき、最後の2~3週間で武器を扱う練習をした。

『キル・ビル vol.1』の元殺し屋(ユマ・サーマン)vs .最恐の女子高校生(栗山千明)のバトルシーンは今も「伝説の死闘」として紹介(YouTube「Netflix Japan」より)

 撮影に入ると、タランティーノは出演者を褒めながらカメラを回し、撮り直すときも「すごくいいよ。でも、もう1回だけやろう」という言い方をするので、楽しく演じられたという。そんな監督の人柄もあり、GOGO夕張が死ぬシーンでは目から血を流すのはどうかと栗山から提案すると、「それ、いいねえ」と採用してもらえた。

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2度の挫折の先にあったハリウッド映画出演

 とはいえ、ハリウッド映画への出演自体は栗山が自ら熱望したわけではない。先述のとおり、彼女は、キッズモデルをやめたことと、ショーモデルを断念したことと、2度の挫折感を味わっていた。そうした経験に加え、もともとの消極的な性格もあって、自分から「こうしたい!」「こんな役をやってみたい」と働きかけるのではなく、求められたことに何とか応えようという姿勢に改めたという。

 結果的にそれは彼女にいい効果をもたらしたようだ。10代でいきなりハリウッドから声がかかれば、失敗してはいけないとプレッシャーに押しつぶされてもおかしくはないが、栗山は《「初めてなので、よくわかりません。教えてください」と、最初から自分に対する期待値を下げていたので、失敗するようなことがあっても心がポキッと折れなかった》と、のちに語っている(『PHP』2021年5月号)。

『キル・ビル』は栗山の19歳の誕生日である2003年10月10日に全米で公開された。日本でもまもなくして公開されてヒットした同作は、彼女にとって大きな経験となった。

 5年ほど前のインタビューでは、《あの作品は私にとってターニングポイントで、多くの方が私を認知してくださった作品ですし、出演していなかったら、30歳を過ぎても、こうやってお仕事できていなかったんじゃないかなって思います》と振り返っている(『週刊大衆』2021年4月5日号)。(つづく)

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