朝ドラ「ブラッサム」(NHK)で渡部篤郎が怪演する珠(石橋静河)の父。珠のモデルである宇野千代は、84歳のときに書いた自伝『生きて行く私』(角川文庫)で父が亡くなった当時の様子を振り返っている。その一編「雪とは不思議なもの」を紹介する――。

3歳上の従兄弟と結婚したが…

「雪とは不思議なもの」

「(編集部註:千代が結婚した従兄弟の)雄一つぁんは寿座のねきの飲み屋へお行きるんでよ」と言って、この家の雇い人の一人が私に教えたのであった。寿座と言うのは、藪土堤(やぶどて)にある芝居小屋のことで、この町で芝居がかかるのは、この寿座だけであるが、年中、かかるのではなく、月の間、半分くらいは空(あ)いている。それでも、小屋の前には飲み屋が四、五軒も店を出していて、白粉をつけた少女が酌をするとのことであった。

中学生がそんなところへ出這入(ではいり)りすることは禁じられているのであったが、帽子を懐の中に隠して、そっと暖簾をくぐるのは、なかなかイカすことなのであった。「雄一の寝間着は、炬燵(こたつ)の中へ入れておいたけえの」。伯母は息子の出掛けるのを見ると、いつでも、私にそう言うのであった。そんなところへ通って行く息子のために、寝間着をあたためておくと言うことがあるだろうか。しかし、毎晩のように、行く先も告げないで中学生が外出しても、この家では誰も咎めない。それはただ、そう言う習慣なのだろうと私は思うしかないのであった。

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仲の良い伯母の家族に違和感

それにしても、この家の中の習慣は、川西の家のそれとは凡(およ)そ違ったものであった。食事どきには座敷の真ん中に、それは大きな食卓が一つ出て、大ぜいの家族がそれを取り囲んで食べるのであったが、ときには互いに食べ物をとり合ったり、大声で笑い興じたりしている有り様は、川西の家の、板敷きの台所に、一人一人の前に各々の箱膳をおき、声もなく食べている有り様に比べると、それは、愉しそうだ、などとは思われない、一種異様なものとして私の眼には映るのであった。そして、その瞬間に私の思うことは、「いま頃、うちではどうしているであろう」と言うことであった。