父が死んだのは、あけの年の二月の始めであった。三日前に大雪が降った。この地方では雪が降るのは珍しかったが、それも、こんな大雪は見たことがない、と言うことであった。

大雪の日、父が包丁を振り回した

この大雪が、死に瀕している父の脳裡に、何を考え出させたのであろう。誰もそばにいなかったほんのちょっとの隙に、父は台所にあった出刃庖丁を手に持って、往還さきににじり出たのであった。「寄るな、寄って怪我(けが)するな、寄るとどいつもぶった切るぞう」と言って、庖丁を振り廻(まわ)した。あの、病みほうけた父に、どうしてこれほど力があったのか。ぎらぎらした日をうけて、庖丁が光った。見ると、雪の上に、父の裾から汚物が流れているではないか。

「誰か助けてください!」と叫んだ母

「やれ、誰方(どなた)か助けてつかあされえ」。魂切(たまぎ)るような声で叫ぶ母の声とともに、通りかかった沖ノ町の油屋の男衆が、父の体をひっ担いで、家の中へ入れてくれた。「お父さま、お父さま」と泣き叫んで、私も一緒に家の中へ這入ったが、このとき、もう、だらりと両手を下げた父の姿は、生きているものとは思えなかった。

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雪とは不思議なものである。父の死んだあと、いまになると最早(もは)や七十年もの昔のことであるが、雪と言う不思議なもののために、あの光景の傷ましさは凡(すべ)て消えて、何か、絵に描いたもののように、私の脳裡に残っているのは、あの瞬間の父は、こうも思っていたのではなかったかと言う、私自身の思いであった。私は父に代わって、あの瞬間の父を語ってやりたいのである。これは決して、自分の父に対する身びいきではなく、父そのもののあの瞬間の叫びだと言う気がした。

父が刃物で“本当に切りたかったもの”

父はあの瞬間に、あの刃物で自分の体を傷つけたかったのか。あのときの言葉通りに、寄って来る人をぶった切りたかったのか、いや、いや、そうではない。あの死の直前の狂気の瞬間に、父はこう言いたかったのではなかったかと、いま、八十四歳になった私は、まるでこの耳で聞いたことのように、父の胸の中が、はっきりと分かるような気がするのであった。「俺はいま死ぬ。この放蕩無頼(ほうとうぶらい)の一生を、いま、この瞬間に、出来ることなら始めからやり直したい。人の世に定められた真っとうな生活を、もし出来ることなら、始めから踏み直したい」と絶叫しているのではなかったかと言うことが、はっきりと分かるような気がするのであった。