2024年9月、病院からの一本の通報が、卑劣なDV事件の幕開けとなった。「急性硬膜下血腫や左上腕骨骨折の外傷がある患者が搬送されてきた。現在も意識不明の状態が続いている」。被害者は牧亮被告(当時32)の妻、A子さん(同30)であった。

 A子さんは開頭手術の末、奇跡的に意識を取り戻した。しかし、脳挫傷の記憶はなく、警察には「転んだだけ」と説明。献身的に見える夫を「良い夫だ」とさえ思い込んでいた。だが、担当弁護士との面会をきっかけに、封じられていた記憶が蘇る。それは、夫から受けていた激しい暴力の記憶だった。彼女はその事実を母親に打ち明け、2025年4月に離婚が成立した。

A子さんが牧被告と付き合い始めた頃に住んでいたマンション(名古屋市)

性行為を撮影しネットで販売する「撮影会」を提案

 A子さんが牧被告と出会ったのは2023年4月頃、勤務先にバイトとして出入りしていたのがきっかけだった。A子さんからのアプローチで交際に発展したが、牧被告が望む性行為ができなかったことから別れ話を切り出される。A子さんがそれを引き止めた瞬間から、地獄の日々が始まった。牧被告は「お前と付き合うことになって、稼げるはずだった金を損失した。責任を取れ」とA子さんを責め、彼女との性行為を撮影しネットで販売する「撮影会」を提案した。

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 動画配信で生計を立てていた牧被告は、気に入らないことがあると殴る蹴るの暴力を振るい、A子さんを徹底的に支配した。寝るとき以外は電話を繋いだままにさせ、自宅の壁には「何よりもご奉仕」「ご機嫌取るの優先」「あやまる時は叫ぶ」といった異様な言葉が書かれた紙が貼られていた。彼女は〈私が首を絞めて殺そうとしたことについて、賠償金を払います〉といった事実無根の示談書を書かされ、常に裸にされて外に逃げられない状態に置かれた。

「お前なんか生きている値打ちはない。保険金の受取人をオレに変更してから死ね」。罵声と暴力はエスカレートする一方だった。これほどの仕打ちを受けながらなぜ助けを求めなかったのか。A子さんは「そんなことをしたら、どんなひどい目に遭わされるか分からない」というDV被害者特有の心理状態に陥っていた。

 一度だけ、彼女は逃亡を試みたことがある。2024年6月、些細なことで電話口で激怒されたA子さんは「顔を合わせたら殺される」と怯え、大阪へ逃げた。しかし、彼女を失った牧被告は「オレが悪かった。帰ってきてほしい」と態度を豹変させる。A子さんはその言葉を信じ、同年7月7日に入籍した。

 だが、優しかったのは最初だけだった。同年8月中旬には股間を何度も蹴り上げられ女性器が腫れ上がるケガを負い、9月初旬には複数の肋骨を折られた。その度に牧被告は「公園で転んだ」「階段から落ちた」などと嘘の説明をするよう強要し、誓約書まで書かせていた。そして入院から退院した直後の9月16日、A子さんは脳挫傷で病院に搬送されたのである。

 愛知県警中川署は殺人未遂事件として捜査を開始したが、牧被告は「触っていない」「鍋を食べていたら、急に妻が椅子ごと倒れた」と容疑を否認。しかし、記憶が欠落するほどの凄惨なDVの軌跡は、2人のLINEのやり取りや複数の「誓約書」が克明に物語っていた。

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