今年8月で58歳となった武田久美子が、23年ぶりに写真集『Sango』を出版した。沖縄・石垣島で撮影し、年齢を感じさせない美しい水着やランジェリー姿を披露した1冊だ。かつて、“貝殻ビキニ”で一世を風靡した武田が、今回は“サンゴNUDE”なるカットを撮影したことで大きな話題を集めた。
数多くのメディアで久しぶりの写真集が取り上げられた武田だが、芸能界への本格復帰も画策しているようだ。9月22日放送のTOKYO FM『Blue Ocean』へゲスト出演し、パーソナリティーから仕事について聞かれると「やはり映画、ドラマに出たいです」とコメントしていた。
現在はアメリカ在住で、芸能仕事は長くセーブしていた武田。アメリカ人の夫と離婚するなど波乱万丈な人生を送ってきたが、あらためて振り返ってみよう。
近藤真彦との共演で苛烈な嫌がらせを受けたが……
58歳にして再び活動を活発化させている武田だが、長い芸能生活の中では、なにかと話題を振りまいてきた女優として知られる。
6歳の頃にモデルとして活動をスタートし、1981年に東大の大学祭で行われた「第2回東大生が選ぶアイドルコンテスト'81」でグランプリを受賞。美貌が業界関係者の目に留まり、1982年に映画『ハイティーン・ブギ』でヒロインに抜てきされ女優デビューを果たす。
映画は、当時トップアイドルだった近藤真彦が主演を務めたことで大ヒットを記録し、武田の知名度も一気に上ることになる。ただ、人気絶頂だった近藤と共演しただけでなく、劇中にキスシーンがあったことでファンの怒りを買い、まだ10代前半だった武田はいきなり芸能界の洗礼を受けてしまう。
近藤のファンからトラック何台分もの嫌がらせの手紙、カミソリ入りの封筒が会社と自宅に殺到したという。電話での嫌がらせもあり、番号を何度も変えるなど家族にも迷惑がかかるほどの猛烈なバッシングを受けた。
1983年には『噂になってもいい』で歌手デビューし、シングルやアルバムのリリースだけでなく、コンサートを開催するなど活躍を見せた。芝居活動では主演ドラマ『さよなら三角』(フジテレビ系)が放送される。CMへの起用なども増え、スターへの道を駆け上がった。
しかし、入れ替わりの激しい芸能界で勢いは長く続かなかった。2022年に『文春オンライン』のインタビューで「歌は下手、演技も下手なので、続いていかないんですね。それで、どんどんどんどん仕事が減っていって……」と自ら語ったように、実力不足もあったのだろう。
そんな中、起死回生となったのがグラビアタレントとしての仕事だ。

