――自傷行為もあったそうですね。
のぶパンツ 正常な判断ができない状態でした。無意識のうちに、相当いろいろ調べて、自分を傷つけてしまって。自分でも怖かったです。
その後、医療保護入院という形で、緊急で精神病院に強制的に入院させられることになって、閉鎖病棟で身柄を拘束されました。
退院してからも状態は安定しなくて、市販の咳止め薬を、一度に100錠から300錠ぐらい一気に飲んでしまったこともあって。致死量を超えてたらしいです。吐き気止めも一緒に飲んでたので、幸か不幸か吐かずに済んだんですけど、胃がめちゃくちゃにやられてしまいましたね。それと、ある日「ちょっとゴミ出してくる」と言って何気なく外に出て、そのまま近くの公園で自殺未遂をしたこともあって。失敗してふらふらになりながら家に帰ってきたんですけど、体に傷が残ってしまって。
たえちゃん 彼が帰ってきたときに、その傷跡を見れば、何をしてたかなんて一目瞭然じゃないですか。もう、言葉が出なくて、ひたすら泣いてましたね。でも、彼を責めるわけにもいかないし、そもそも家族のために一生懸命働いてくれてた結果がそうなってしまってるので、私にも責任があるんじゃないかってずっと思っていて。だから、責めるっていうよりは、泣くのは泣いてしまいますけど、ただ黙ってそばにいて、寄り添うしかできひんかなっていう感じは今でもあります。
精神的に極限状態に追い込まれる中、毎日が綱渡りの日々だった
――のぶパンツさん自身は、そういう時にどんなことが頭に浮かぶのでしょう。
のぶパンツ もう、思考が完全にネガティブな方向にしか向かなくて。僕にひどいことを言ってきた人や、時には殴ってきた職場の人間が悪いんじゃなくて、全部自分が悪いっていう思考になってしまってたんですよ。
この身長で生まれてきた自分が悪い。みんなと同じように仕事ができない自分が悪い。家族に迷惑をかけている自分が悪い。だから、自分さえいなくなったら、嫁さんも子どもたちも、僕のことで悩まなくて済むし、全てが丸くいくみたいな感じに、もう完全にそっちの方向にとらわれてしまってたんですよね。
――そうした状態にあるのぶパンツさんを見て、たえちゃんさんはどのような対応を?
たえちゃん いなくなったときは、下の子をおんぶして、上の子たちの手を引いて探しに行ったりはするんですけど、本気で隠れられたら探せる範囲に行けないのも分かっていて。だから、信じて待つっていうのが、言葉的には一番正しいのかなとは思ってます。みんなで食卓を囲んでご飯を食べてて、私が食器をキッチンに運ぶ、ほんの数十秒の隙にオーバードーズしてたりとか、本当に予測不能で。ちょっとした異変に気づくしかないけども、100パーセント防ぎようはないのが正直なところで。毎日が綱渡りでしたね。
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