『毒殺村 二〇世紀最大の「夫殺しカルト」』(ホープ・リース 著/広瀬恭子 訳)

 ケンタッキー州ルイヴィスでフリーランスライターをしていた著者ホープ・リースは、2018年春、ブダペストに滞在していた。予約したのは飛行機のチケットだけという、なんの予定も決めていない6週間の旅だった。美しい街の散策を重ね、すっかりブダペストに惚れ込んだリースは、1年後にハンガリーに舞い戻ることになる。あるイベントに、何の気なしに顔を出したリースが出会ったのは、ゾルターンという名の男性だった。

 そのゾルターン曰く、1960年代に彼の祖母が祖父に毒を盛り、殺害を企てたそうだ。彼によれば、祖母のその行動は、以前ハンガリー国内で発生した事件を模した可能性があるという。その史上最多の犠牲者を出した毒殺事件の簡単な概要を語ったゾルターンは、リースに対して「“エンジェルメーカー”を調べてみて」と熱心に伝えた。ここでリースのライター魂に火がついた。この瞬間から、彼女の綿密な調査がスタートする。

 20世紀初頭、ハンガリーのナジレーヴ村に暮らしていた女たちが(多くが母であり、妻だった)、男たちを毒殺した。犠牲者の数は、判明しているだけで100名ほど。実際にはそれより遥かに多いと推測されている。女たちを大量殺人に駆り立てた理由を探し求めたリースは、一人の人物にたどり着く。ナジレーヴ村の助産師ジュジおばさんだった。

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 第一次世界大戦が影を落とすハンガリーの閉鎖的な村で、戦争から戻った男たちは多くがPTSDに苦しみ、酒浸りとなり、妻たちに凄惨な暴力を振るった。ある女性は夫の酷い暴力に苦しみ、ある女性は望まない妊娠に悩み、ある女性は貧困に喘いだ。

 閉鎖的な村で行き場を失った女たちは、人生の先輩とも言えるジュジおばさんに悩みを打ち明けはじめる。話を聞き終わったジュジおばさんは、こう言った。「あなた向きの解決策があるよ」。そしてエプロンから液体の入った小瓶を取り出し、手渡した。小瓶の中身はハエ取り紙を煮て抽出したヒ素入りの液体だった。女たちはそれを受け取ると、荒ぶる夫の酒や粥に混ぜた。次々と犠牲者は増えていった。エンジェルメーカーとはつまり、誰かを死なせて天使にする人という意味だったのだ。

 どこにも逃げ場のない状況で、女たちが悩み、協力し合うようになると、何が起きるのか。暴力から逃れ、自由を手にしようともがいた結果、何が起きたのか。毒殺というあまりに残虐な行為を肯定することはできないが、一人で抱えきれなくなった問題を解決する術のない戦後の混乱期、女たちができたこととは、一体? 唯一と思える方法にすがった結果、犯人である女の多くが絞首刑や終身刑を受けたという事実は重い。

 ナジレーヴ村のシスターフッドが生み出した究極の選択は、現代の女にとっても深く心に響くだろう。

Hope Reese/ジャーナリスト。アメリカ生まれ、ハンガリー・ブダペスト在住。『ニューヨーク・タイムズ』『アトランティック』ほかに文化、政治、テクノロジーなど幅広く記事を発表。インディアナ大学で教鞭を執る。ジェンダー関連書籍の執筆にも参加。

むらいりこ/1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。近著に『もう怖いのは締め切りだけ』『村井さんちのお取り寄せ』。