昭和29年、茨城県の田舎村で一家8人と使用人を含む9人の焼死体が見つかった。現場から毒物が検出され、事件は「白衣の男」による大量毒殺放火事件へと展開する。7歳児まで惨殺した、村に縁もゆかりもない「よそ者」の正体とは――。鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』より一部を抜粋・再編集してお届けする。(全2回の1回目)

写真はイメージ ©getty

◆◆◆

放火による一家心中かと思いきや…

 1954年(昭和29年)10月11日午前3時ごろ、茨城県鹿島郡徳宿村(現・鉾田市)で農業兼精米業を営んでいた大沼豊房さん宅から火が出て、瓦葺屋根の家屋約83平方メートルが全焼。

ADVERTISEMENT

 焼け跡から豊房さん(当時42歳)と妻とめさん(同40歳)、夫婦の長男(同20歳)、次男(同17歳)、長女(同12歳)、三男(同7歳)、四男(同8歳)、豊房さんの父(同70歳)の一家8人と同家の使用人女性(同18歳)の計9人の焼死体が発見された。

 茨城県警察本部と鉾田警察署は雨戸が閉まっていた点や避難した様子がないことなどから、当初は失火、もしくは放火による一家心中と推定する。

 しかし、現場検証により、敷地内の井戸の中からアルコール消毒用の薬瓶や注射器などが見つかり、さらには薬瓶に青酸カリが入っていたことが判明。