「私にとって琉球空手の物語を書き継ぐことは、大切なライフワークなんです。小説家であり、そして空手家であるからにはね」
今野敏さんといえば、押しも押されもせぬ警察小説の名手。だが、実は知る人ぞ知る一面がある。それが武道家としての姿――しかも空手塾を自ら主宰するほどの達人である。そんな今野さんの最新刊は『安恒(あんこう)』。“近代空手の祖”と呼ばれる糸洲(いとす)安恒とその幼馴染・安里(あさと)安恒という実在した二人の達人を軸に、空手誕生の源流を描いた歴史エンターテインメント小説だ。
本書によれば空手のルーツは清国の武術にあり、それをもとに首里王府の士族(サムレー)たちが作り出した沖縄独自の武術「手(ティー)」が原型だという。そこに薩摩の剣術「示現(じげん)流」の要素が加わったのが「首里手」。一方、「那覇手」という流派もあって……と、なかなかに複雑だ。
「空手がどう生まれたか、という話は一言では言えないし、はっきりわかっていない部分も多い。そこが面白いんです。いま、私の関心はもっぱら、その源流を遡って原型を探ること。ほとんど推理の世界ですが、だからこそロマンがあるじゃないですか(笑)。そもそも、手は首里王を守る任を負った猛者だけに伝わるもので、今のように老若男女が親しむどころか、一般人には存在さえ知られていなかったんです」
そのため明治の時代となり、琉球王国が幕を閉じたのと同時に完全に失われてしまう可能性もあった。それを“沖縄の文化として残すべきだ”と動いたのが糸洲安恒だったのだ。
「彼が行ったのが手の近代化です。習得するだけで危険と言われていた技を見直し、誰もが習うことができるものに作りかえていきました。これもまた、ロマンですよね。何もしなければ歴史の闇に消えてしまった武術が彼の功績によって、いまや世界中の人々に伝わっているわけですから」
その糸洲による長年の試行錯誤と、ヤマトに取り込まれ変容していく沖縄の姿が並行して描かれる。
「糸洲をはじめ、本作にも名前が出てくる松村宗棍(そうこん)や屋部憲通(やぶけんつう)などは、琉球空手の達人として沖縄ではよく知られている人物です。それを沖縄出身でもない私が書くのは、勇気と覚悟がいることでした。しかも『琉球新報』の連載として。緊張と誇らしさの中で続けてきたシリーズなんです」
そんな中、最新作ならではの工夫に注目したい。語り手たる主人公・小野寺正三郎は、東北出身の若者なのだ。ある日突然、内務省から沖縄県庁への出向を言い渡された彼は、沖縄のことをほとんど知らない。手についてはおろか沖縄方言(ウチナーグチ)も琉球王国の歴史も薩摩との確執もさっぱり。この暑い土地で何を着たらいいのかすら同僚に教わっていく。
「つまり、初めて沖縄を訪れた時の私自身の目線で描きました。沖縄が舞台の、しかも明治中期の物語と聞けば、おのずと身構えてしまうのは仕方がないことでしょう。前提となっている知識に自信がなかったり、文化の違いに二の足を踏んだり。そこで、より多くの人に読んでもらえるように敷居を下げたわけです。ただその分、なんでも率直に尋ねる小野寺に対して、肝心の糸洲に何をどんなふうに語らせるのか――。それには少し悩みましたが」
糸洲が考える、残すべき沖縄の文化とは何か。激動の世を生き残るための変容が意味するものは。つい深読みをしたくなるが……。
「別に今の沖縄を投影したものではないですよ。とはいえ、空手を学ぶなら、当然、沖縄を知らなければ、という思いは込めました」
こんのびん/1955年北海道生まれ。78年「怪物が街にやってくる」でデビュー。以来、「隠蔽捜査」「安積班」シリーズなど警察小説を中心に伝奇アクション、ミステリなど幅広い分野で活躍。著書多数。99年から空手道「今野塾」を主宰する武道家でもある。

