朝海は日本人の母親とアメリカ人の父親との間に生まれた。ニューヨークで消防士として働いていた父親は、仕事中に朝海の母親から「生まれたよ」ともらったメールに、「きょうは最高の日だ! 早く帰りたい、僕の希望に会いたい。愛してるよ」と返信をした。それが父親の最後のメールとなった。朝海は母親から、「あなたはパパの希望」と言い聞かされて育った。

『希望の子』

 物語は、この3人のドラマを中心に、「半希望クラブ」のメンバーで、ある新興宗教の教祖と誕生日が同じ木村真、梢の学生時代の友人で、天安門事件の日に生まれた中国人で、大学の先輩である劉陸海に想いを寄せていた鈴森潤のエピソードを描いた2編と、高校生になる直前の雪花が、ちょっと訳ありの少年・志村音と出会うエピソードが描かれた計6編からなる。

 本書を読みながら浮かんだのは、震災後に目にした「震災当日に誕生した赤ん坊」の映像だった。阪神・淡路大震災、東日本大震災、能登半島地震、10年間で二度に渡る熊本地震。都度ニュースで流れたその映像に、勝手に安堵と祝福、そして、ぼんやりとした「希望」を重ねていた自分を、私は猛省しました。それが、当事者にとって、どれだけ残酷なことなのか。どれだけ余計なことなのか、と。「奇跡の」と形容されることは、その日に生まれた彼らにとって、手枷足枷にもなるのだ、ということを本書を読むまで気が付けなかった自分が、恥ずかしかった。

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 と、こう書いてしまうと、何やら重苦しさを強調しているみたいだが、そうではないところに本書の美点はある。それが「反希望クラブ」だ。安易に、そして勝手に押し付けられた希望という認識を、クラブのメンバーと共有することで、その息苦しさから距離を置くのだ。しんどさを分かち合える場があることで、その負担をやわらげ、しなやかに、伸びやかに、成長していくのだ。それは、雪花の成長が描かれている「汽水域」が、本書の最終章になっていることにも象徴される。

 読み始めは切なく思えた本書のタイトルが、読み終えた後には、全く違った意味で響いてくる。そこに込められた作者の祈りを、胸に深く刻みたい。

希望の子

一穂 ミチ

文藝春秋

2026年10月7日 発売

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