世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。
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二〇一八年の夏、日本列島は異様なまでの猛暑で覆われた。そのさなか、暑苦しさを鎮めるかのように、知る人ぞ知る一冊の小説が復刊された。第七回横溝正史賞を受賞してデビューした服部まゆみの第二長篇『罪深き緑の夏』である。
十二歳の夏の日、「僕」は蔦屋敷で百合という美少女に出会った。百合に食べさせられた草によって僕は嘔吐と高熱に苦しみ、同じ日に彼女の祖母も死んだ。(あの娘(こ)が殺した……あの草で……)それから十二年、画家となった僕は、兄とともに個展を開くことになった。ところが火災で画廊主は死亡し、六年かけて描いた僕の絵もほぼすべて焼失してしまう。そして、兄と百合にも奇禍が訪れる。
十二年前の夏、現在の夏、エピローグで描かれる夏……物語の大部分が夏を背景にしているわりに、これほど暑苦しさと無縁な小説もない。むしろ、日差しの下で口にするシャーベットのように、ひんやりした感触で暑さを忘れさせる。美貌と画家としての名声を兼ね備え、百合までも手に入れようとする兄に対して劣等感を抱く主人公の苦悩。蔦屋敷に住む浮世離れした美しい兄妹。彼らを取り巻く善意溢れる優しい人々。にもかかわらず続発する不穏な出来事……悪意は、誰の仮面の下から放たれているのか。
古風な洋館、行き交う芸術論といった道具立ての中で、甘美にして残酷な心理劇が展開され、真実のうち本当に恐ろしい部分は具体的に語られず読者の想像に委ねられる。いかに猛々しくとも過ぎ去ってしまえば記憶の一齣(ひとこま)と化す夏さながら、この物語も幻のように儚く、しかし確実に読者の心に深く刻み込まれるだろう。(百)