世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいはスルーされてしまった傑作から、徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。

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『双貌鬼 魔界都市ブルース』(菊地秀行 著)

 一九八╳年、「魔震(デビル・クエイク)」と呼ばれる大地震が新宿区のみを壊滅させた。巨大な亀裂で周囲から隔絶された新宿は、怪異現象の頻発、犯罪者の流入などにより「魔界都市」と化した――という設定のもと、奇想天外な物語が繰り広げられるのが菊地秀行の「魔界都市ブルース」シリーズだ。『双貌鬼(そうぼうき) 魔界都市ブルース』は、絶世の美貌の人捜し屋(マン・サーチャー)(兼せんべい屋)・秋(あき)せつらの活躍を描くこのシリーズの初期の長篇である。

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 せつらは何者かに銃撃され絶命寸前の暴力団員から、ある女を捜せという依頼を引き受けた。その直後から、せつらは繰り返し襲撃を受ける。彼が捜す女は、米軍の秘密実験により多重人格者となっており、その人格のひとつは世界を凍らせるほどの強大な特殊能力を具(そな)えていた。

 せつらは妖糸を自在に操ってあらゆるものを切断する特技の持ち主で、一人称が「ぼく」の時は茫洋とした雰囲気を漂わせるが、「私」に変わると非情そのものの性格と化す。本書で彼と対峙する米軍特殊戦略部隊は、山田風太郎の小説に出てくる忍者さながらの特殊能力の持ち主ばかり。せつらに重傷を負わせるほどの強敵だが、「魔界医師」ドクター・メフィストを筆頭とする魔界都市側も負けてはいない。

 強烈なエロスとヴァイオレンスで彩られた物語ながら、せつらやメフィストといった新宿を象徴する美貌の超人たちの前では、血飛沫(ちしぶき)さえも彼らの苛烈な美の引き立て役となる。そして全篇に漂う詩情が凄惨なバトルを浄化し、冒頭とラストの雪景色の哀しいほどの静謐さが胸に染みる。三十年ほど前の小説ながら、今読み返しても鮮烈な印象は薄れていない。(百)

双貌鬼 (ノン・ポシェット―魔界都市ブルース)

菊地 秀行(著)

祥伝社
1996年2月1日 発売

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