――越智さんのその撮影スタイルは、そこから始まったんですね。
越智 あそこからですね。やっぱり写真を撮らせてもらうので、リスペクトっていう意味も僕の中ではあるんですけど、そのあたりの骨組みみたいなものができたんです。
先ほどの走り高跳びもそうなんですけど、下から撮ると迫力が出る。犬とか猫を撮るときをイメージしてもらいたいんですけど、上から撮ると目が大きくなってかわいく撮れるけど、下から撮るとどう猛な感じになる。同じ被写体でも、見る視点によって絶対的に違うっていうことに、そのときすごく気づいたんです。
――その視点は、当時としては新しかったんですね。
越智 そのあともずっと26年間パラスポーツを撮り続けているんですけど、2000年代前半の日本ではほとんどのカメラマンさんがしゃがもうとしなくて、立ったまま上から撮っていたんです。僕だけが寝転がっていた。
だからみんなから「越智、また寝てる」って言われてたんですけど、今ではみんな寝るんです。かっこよく写すにはどうするかっていうことに気づいて、社会が変化したからだと思うんですね。
当時、シドニーのほかのカメラマンたちの中には寝っ転がってる人たちがいたんです。ただ、それは欧米のカメラマンのみ。その差はなんなんだろうって、あのときすごく感じました。
国枝選手の目のアップが一回も採用されなかった
――カメラマンも、パラスポーツがオリンピックと同じスポーツだと気づいてなかった。
越智 僕はオリンピックを見たからパラリンピックも「同じだ」って気づけたんだと思うんです。でも当時の日本ではかわいそうな存在だったり、頑張っている存在だったり。だから上からでもいいんです。むしろ上からのほうが都合がいいんです、写真的には。「かわいそうな人たちが頑張ってる」んですから。
今でこそ、国枝慎吾選手の写真をくださいとなった場合、大体どんな写真を出してもオッケーなんですけど、昔は車椅子が写っていないと絶対だめだったんです。
――障害がわかることがセットだった。
越智 そうです。「越智さん、車椅子が写ってないんですけど……」みたいなメールが来たのを覚えてますよ。これは国枝さんに限らず、ほかの車椅子や義足の選手たちもそうでした。
一度、国枝選手の目のアップですごくいいのが撮れて、そればっかり出してたときがあったんですけど、一回も採用されなかったです。
――今では考えられないですね。
越智 これも変化ですよね。今でこそそんなことはなくて、もう有名な選手であれば、かっこよければオッケー。車椅子が全然写ってなくてもいい。その変化はすごく感じます。

