『日本春歌考』――歌で激突する思想と思想
黒沢監督は続いて、この『たそがれ酒場』の別のシーンから、映画の中で人が歌うことによって映画のリアリティが劇的に変化してしまう瞬間について論じた後、3本目の大島渚監督の『日本春歌考』に進んだ。
「思想と思想が激突するという点では、これほど分かりやすいインパクトのある“歌合戦映画”も他にないと見ていいでしょう」
と、この映画の最後の方で行われる、反戦フォーク集会の場面を紹介する。
「まず、そのシーンの少し前に、伊丹十三演じる先生が死んで葬式をやっている場面があります。そこに集まった人々が歌おうじゃないかと。おそらく共産党あるいは左翼的な人たちが好む歌なんだろうと思われる歌をみんなで歌い出します。隅の方にいる荒木一郎は、最初は黙ってるんですけれども、途中で『一ツ出たホイのヨサホイのホイ』という歌(春歌)を歌い出して、『何をするんだ』とか言って大混乱に陥るという、絵に描いたような歌合戦が見られました」
葬式で春歌を歌って参列者を怒らせ、大混乱を引き起こした荒木一郎らは、反戦フォーク集会でも同じ挙に出る。
「最初、若者たちがギターを弾きながら、ウディ・ガスリーの非常に有名な『This Land Is Your Land』というアメリカのフォークソングを歌っています。僕もちゃんと知識はないんですけども、こういった反戦フォーク集会のようなところではこういった歌が歌われていたんだろうと思います。そして、それに抵抗するように荒木一郎の友人たちが、例によって『一ツ出たホイの』を歌い始めるのですが、周囲の若者たちは誰も全く気に留めず、フォークソングを歌い続けます。つまり、1つ前の葬式のシーンでは、左翼のインテリ男たちは荒木一郎の春歌によって大混乱に陥るわけですが、アメリカのフォークソングの前ではこの『一ツ出たホイの』という春歌は何の効力も発揮せず完全に敗北していくというシーンが見られます」
続いて集会は、「君の行く道は~」と、『若者たち』の大合唱になっていく。同曲は当時流行っていたテレビドラマの主題歌だが、その前では荒木たちの春歌はいよいよ影響力を失っていく。

