シンボリックに表現された社会認識

「そしてここで、この映画のハイライトとも言っていいかもしれませんが、後半、突如目立ってくる、吉田日出子演じる金田さんという、在日朝鮮人という設定の方、この方の歌う、戦時中の多分従軍慰安婦などにされた朝鮮の女性たちの歌、というのが後半の荒木一派の強力なアイテムになってきます。金田さんが歌を歌い始めると、さすがの『若者たち』という歌も静まって黙ってしまうんですよね。

 これは、すごいなと思いました。どういう解釈でも構わないんですけれども、この在日朝鮮人である金田という女性は、多分日本からもアメリカからも差別されている上に、男性一般からも虐げられている存在。伊丹十三が最初のほうで『この一ツ出たホイのという春歌、これは抵抗の歌だ、民衆が権力に抵抗するために歌った歌だ』と力説するんですが、所詮それは男の側が勝手に夢見たものに過ぎず、春歌が本当に抑圧からの解放や反体制のシンボルになるのは、むしろ在日朝鮮人女性の歌う歌である、というような展開になってくる」

映画『日本春歌考』

 映画はそこからさらに複雑な展開を見せる。吉田日出子演じる金田が最終的には若い男たちに囲まれ、煌びやかな服を着せられ、彼女の歌を若者たちがギターを弾きながら歌ってしまう。そしてその真ん中で吉田日出子は呆然と立ち尽くす。

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黒沢清監督

「あえて解釈をするならばですね、日本の左翼インテリたちに対しては強力な影響を与えた在日朝鮮人女性の歌もアメリカには通用しなかった。アメリカというものが絶対に抵抗ができない存在として、歌でも最後は大きく立ちはだかってくる。

 いずれにせよこの『日本春歌考』、ミュージカルでは全くありませんが、歌によって先鋭的な様々な思想が戦い屈服し、そして全然別の思想に乗っ取られていく。これが公開されたのは1967年ですけども、この時代にふさわしい当時の政治的状況、大島渚などが抱いていた社会の認識のようなものが歌によってすごくシンボリックに表現されていると思いました」

映画『日本春歌考』

 3本の“歌合戦映画”について語った黒沢監督は、トークの最後にテオ・アンゲロプロス監督の『旅芸人の記録』(1975年)の後半にある酒場の歌合戦シーン、ロバート・ワイズ監督の『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)で子どもたちが歌うメインテーマ曲『音楽の調べ』を聞いた厳格な父親が劇的な変化を見せるシーンを紹介。これらのシーンを抜粋上映して、トークイベントは終了、詰めかけた観客は大きな拍手を送った。映画における“歌合戦”の魔法のような力を縦横に語った黒沢監督の講義に、またひとつ映画の面白さ・奥深さを味わう視点をもらった気がした。

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