ただ、この幻の題名は、やはり影響力があった。直木賞作家の山田詠美が村上の許可を得て、同じ題名の短編を書いている。2010年刊の『タイニーストーリーズ』に収められた一編だ。

山田がきっかけについて語っている。ある朝、ベッドにいた男性にパンとバターを添えた朝食を運ぶと、男性が村上のデビュー作の旧題を口にした。それで読み返してみると、高校生のころにはついていけなかった小説が、「すごくきれいな、清潔な小説」に感じられたという。

山田がオマージュだと伝えると、村上は照れていたようだったという。

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なんだか格好いい。

発売から4カ月で100万部突破

『限りなく透明に近いブルー』は、米軍基地のある東京・福生を舞台に、若者たちの麻薬や酒、奔放な性を描いた小説だ。1976年5月に群像新人賞を受け、2カ月後には芥川賞も受賞した。村上は24歳。まだ武蔵野美術大学の学生だった。

反響は、文学好きのあいだにとどまらなかった。当時の『群像』編集長・橋中雄二は、同誌からポルノのような小説が出たという噂が広がり、すぐに週刊誌に取り上げられたと振り返っている。

反響もすごかった。1995年の産経新聞の回顧記事によると、単行本の初版は5万部。1週間後に5万部を増刷し、その後もほぼ毎週のように版を重ねて、4カ月で100万部を突破した。2026年10月の幻冬舎の発表では、単行本と文庫を合わせて約350万部とされている。

単行本の編集を担当した宍戸芳夫は、当時の売れ方について「普通、内容だけならせいぜい五万部、それ以上は社会的広がりがないと売れない」と語っている。今の比較にはならないが、すでに本が売れない時代に入っていた中で、この小説は書店の売れ行きは異例だったという。

題名も本の外へ飛び出した。朝日新聞が1986年に昭和の世相語を振り返った記事では、1976年の流行語として「限りなく~に近い~」が挙げられている。ロッキード事件をめぐっては、「限りなく黒に近い灰色」ともじられた。小説を読んでいない人の言葉のなかにまで、題名が入り込んでいたのだ。