坂本龍一が見た素顔

東京・日本橋の丸善で開かれたサイン会では、会場の3階から階段を伝って、建物の外まで人が並んだ。遅れてやって来た村上は、「万年筆の安売りでもやるのかな」と思ったという。自分のサイン会の列だった。

その光景には、少し怖い気がしたという。ただ、騒ぎのなかでも、自分は割と冷静だったと村上は振り返っている。基地の町・佐世保の生まれのせいか、日本的な社会性をもともと「何をこんなに騒いでいるんだろうと思っていた」と疑いの目で見。

サイン会では、こんなこともあった。担当者の宍戸が、並んでいたセーラー服の中学生に「なんで並んでいるの」と理由を尋ねると、学校の先生に勧められたという答えが返ってきた。宍戸は「それほど清潔感のある小説だった」と振り返っている。

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後年の山田詠美だけでなく、刊行当時にも「清潔」と読む人がいたのである。

同世代の読者にも、素直に歓迎できない人がいた。

村上と同い年の坂本龍一は、村上のデビュー当時は反発していたという。同世代にも身近な題材を小説にして賞を取り、注目される村上に、「何だあの野郎!」と思ったそうだ。ところが数年後、初めて会うと、一度で意気投合した。坂本は、村上には野獣のような活力がある一方、人に対しては繊細だったと語っている。

芥川賞を巡って大論争に

芥川賞の選考会では、作品そのものをめぐって意見が割れた。

応募原稿を読んだ『群像』編集部の籠島雅雄は、斬新な題名にひかれ、読み進めるうちに手応えをつかんだ。一方で、大胆な性描写を新人賞の選考委員がどう受け止めるか、不安もあったという。籠島はのちに、「ただ、きつい描写のわりにはどぎつくない。圧倒的に新人賞をとる内容は持っていると思った」と振り返っている。

編集長の橋中は、応募された生原稿を読むなり、「これは三分で芥川賞をもらうよ」と予言していた。群像新人賞では、実際に選考委員たちの強い支持を得ている。

ところが、芥川賞は3分では済まなかった。選考委員だった丹羽文雄は、のちに当夜をこう回想している。