いつしかAI抜きには仕事ができない、文書作成はAI任せという人も少なくないだろうか。しかし意識的に用いないといつの間にかAIに思考を乗っ取られてしまう。本稿では、文学研究者の阿部幸大さんが15年分のSNS過去ログをAIに読み込ませ「最強の壁打ち相手」にするなかでの思考プロセスを公開。AIに飲み込まれず「量的な主導権」を握って執筆するための実践的アプローチを紹介する。
※本連載は『勉強を手に入れる』と題して書籍化される予定です
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連載の折り返し地点で考える AIとネタ出しについて
この連載も後半戦に入り、だいぶ原稿が蓄積されてきました。このあたりで、本連載についてのメタ考察のような回をいくつか挟んでみたいと思います。
わたしは現在、2つの連載を持っているのですが、それらを始める前は「連載は向いてない」「絶対やりたくない」と頻繁に公言していました。
やりたくない理由のまえに、「にもかかわらずやっている」理由を簡単に書くと、まさに「やりたくないこと」を自分に強制することによって自分の執筆スタイルになにかしらの変化を起こせるのではないかと思っているからです。一種のショック療法みたいなものですね。
で、やりたくない理由はシンプルで、コンスタントに〆切を守るのが大変だからなのですが、もうひとつ、ネタ切れという厄介な問題があるからです。
だいたい書籍というのは総字数で10万字が目安になりますので、連載となると、たとえば1万字で10回とか、この連載なら3500字・月2の連載で1年やると24回で8万字ちょっとだな、みたいな単純な試算のうえで開始することになります。
本連載は24回で想定していますので、そうなると、ネタが24個も必要になるわけです。では、連載の開始前にどのくらいのストックがあったかというと、ぶっちゃけ5つくらいでした。
にもかかわらず、なぜ見切り発車ではじめたか。それは、AIがあるから大丈夫だと思っていたからです。
ただし、これはAIに「ネタ出し」を任せる、というわけではありません。そのような使いかたもアリだと思いますが、今回は、本連載でわたしも使っている、AIを使って自分に書けそうなネタ、自分が書くことに意味があるネタを整理するためのテクニックを紹介しつつ、AIの使いかたについて話してみたいと思います。
AIについては刻一刻と状況が変わっていますので、すぐに古びる可能性もあるわけですが、かと言ってずっと黙っているわけにもいかないので、すこしずつ発信してゆこうと考えているところです。
ではいきましょう。
自分の他者性に出うためのテクニック SNSの過去ログを掘る
わたしは『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』をはじめ、講演などでも頻繁に千葉雅也さんの『勉強の哲学』という本で紹介されている「欲望年表」というワークを紹介しています。
これはどういうものかというと、自分の人生を振り返って、たとえば重要な出来事とか、ハマったものとか、なにかしら書くに値すると思われる事柄を書き込んだ年表をつくり、それをいわば「テクスト分析」することで、自分について深く知ろうとするためのワークです。
これはきわめて効果的で、その良いところのひとつは、なんとなく自分の人生を振り返るだけでは見えてこないような自分の側面を発見できることにあります。
たとえば、表面上はぜんぜん関係ないけど人生で反復的に発生している構造を見出したり、あるいは現在の自分からは信じられないようなことを過去にやっていたことに気付いたり、いろいろありえます。
つまり、これは自分の他者性に出会うためのテクニックであるわけですが、この他者性は、じっさいは自分自身であるわけです。だから、ぱっと見では拒否したくなるような要素であっても、「じっさいそういう面があるらしい」ということで甘んじて受け入れるしかない。そこから、自分には何が合っているのか・いないのか、自分はどういう人間なのか、そういったことについての理解が更新されるわけです。
さて、AIが出現したいま、これを応用するための絶好のテクストがあります。
それは、あなたのSNSの過去ログです。
わたしの場合はTwitterです。わたしはTwitterを15年以上使っており、ツイートの数は1万を超えています。これをダウンロードして、AIに読ませるのです。Twitterには公式で過去ログをダウンロードする機能がついていて、リツイート/いいねの数なども一緒についてきます。
これは長く運用していればいるほどよい。テクストの量が多いばかりでなく、自分の言動を(不用意なものも含めて)長期にわたって記録してくれているので、現在の自己認識とズレた自分に出会える可能性が高いわけです。鍵アカで適当なことを放言しているほうが効果的だったりするかもしれません(笑)。
これと、連載の大枠のアイデア、ならびに各回のモデル、これらを一緒にAIに読ませて、いまの自分にはパっと思い浮かばなくなっている過去に実践していた勉強法とか、ある時期にはうまく機能していたけど捨てた勉強法とか、あるいはそれらのタイミングとか(当時の自分が考えた)理由とか、そういったものを発掘・整理してもらう。
これは元の素材が15年ぶんの自分自身の発言なので、間違っていたり失敗していたりしても問題ありません。むしろ、間違っていたり失敗していたりするからこそ、いまは実践していない内容なのであり、それが逆に、勉強の効果について考えるためのヒントになります。
