勉強法は効くものとそうでないものがある。同じ勉強法でも効果のほどは人によって様々だ。効かないからと言ってその勉強法に罪はない。
「文体を手に入れる」ために英語の写経を実践したものの挫折経験があるという文学研究者が、なぜそれが効かなかったのかを徹底分析。では、「写経」を効く勉強法にするためには、どうすればよかったか? を考えてみる。
「勉強を手に入れたい」。そう願う人の背中を後押しし、着実に階段をのぼるための心構え・道具立てを可能にしてくれるエッセイ連載、第12回目です。
※本連載は『勉強を手に入れる』と題して書籍化される予定です
◆◆◆
「効かなかった勉強法」をどうするか
今回は、前回の内容(第11回)とセットになっています。
同じ勉強内容でも「なぜそれが効くのか」を理解できていればいるほど効果はおおきい、という本連載の思想について、「効く」パターンと「効かない」パターンを両面から眺めてみようと思っています。
前回は、わたしが実践してきた「対訳」という語学の勉強法をふりかえって、これが効果的であることの意味を遡及的に再構築し、それを方法論に昇華するということをやってみました。
今回の勉強法は、「写経」です。
これはもともと仏教の経典を、印刷技術がなかった時代に、複製したり、あるいは覚えたりするために、人力で書き写す作業を指しました。「お経」を「写す」から「写経」です。いま、この言葉はもっと広く使われるようになったことは、みなさんもご存知のとおりです。
わたしはこの勉強法を取り入れ、しばらく実践し、そして「効いていない」と判断してやめた経験があります。
今回はこの経緯を分析することで「効いている/効いていない」という感覚について考え、「効いていないと思ったらやめましょう」というあたりまえの結論からもうすこし進んで、「やってみたけど効かなかった勉強法をどうするか」というところまで考えてみたいと思います。
ではいきましょう。
自分の「文体」を手に入れたい 英語での写経の実践
わたしが写経を実践してみたのは、アメリカ留学中のことでした。日本語ではなく、英語です。
当時、わたしは英語でかなり高度な文章が書けるようになったタイミングでした。論文もいくつか出版し、アカデミックな英語のライティング能力について自信がつきはじめた頃です。
そこでわたしが求めていたのは、「もっと高度な英語が書けるようになりたい」ということではありませんでした。この目標ももっていましたが、それはそれまでの勉強法の延長線上にあるとわかっていました。
もうひとつの、より重要な目標は、自分の「文体」のようなものを手に入れることでした。すこし説明が難しいのですが、これがどういうことか、言語化してみましょう。
たとえば、いまわたしは、この文章を書きながら、その表現に満足しています。この文章には、修辞的だったり高級だったりといったような意味で、とくにカッコいいところはありません。ただ、とくにダサいということもないと思います。つまり、ごく普通です。
しかし、わたしはこの文章に、表現面においては完全に満足しています。「もっとカッコよくしたい」みたいな願望を、いっさい感じていません。この感覚はつまり、「これは自分の文体で書かれている」という実感であり、「自分はこういうことが言いたいときにはこのような表現で書くのだ」という、言語使用にたいする自信のようなものです。
さて、英語に戻ると、当時のわたしは英語を書いているときに「カッコよく書きたい」という観念にとらわれていました。いま当時の英語を読むと、たとえるなら、ファストファッションに無理にパリコレの要素を取り込んだようなイビツさがあります。やたらとオシャレな単語とか高級な表現を使っちゃってた時期なわけですね。
そのことは当時からなんとなく気づいていたのですが、そのフェーズを経ないとうまくならないとわかっていたので、やれるところまでやりました(ちなみに、効果のある勉強を手に入れたら、それは貴重ですので、いけるところまでいくべきです)。ともあれ、当時は文体がなかったわけです。それを手に入れたかった。
そこで、わたしは尊敬する日本人のアメリカ文学研究者の先輩のうち、英語がずば抜けて上手いように思われた2名が、いずれも写経を勉強に取り入れているという事実を思い出しました。
なぜ思い出したか。当時のわたしの目標は、もっとオシャレな表現を覚えて使えるようにすることではなく、なにかしらのリズムのようなものを体得することでした。そのために必要なのは、断片的な暗記の量ではなく、文章を「聞く」というのに近いような感度を身につけることであるはずだった。そのために、写経という、無心でトレースする勉強法は効果があるのではないかと思われたわけです。
さて、本連載の読者なら、もうオチはわかったでしょう。この写経は、わたしには効果がなかったのです。
この結果として、わたしは「パラグラフ写経」という方法論を編み出しました。ただ、それについては当時ブログに書いてしまったので、ここでは、「なぜ効かなかったのか」を分析し、そこから効果のある方法論を手に入れるためにはどうすればいいか、その思考プロセスをそのままお見せしたいと思います。
