「直木賞を受賞した時、次に書きたいものは?と聞かれて、『出島が気になっている』と答えたんです。歴史上で、日本が海外とどのように渡り合ってきたかに興味があったんです」
こう語る永井紗耶子さんの最新刊『長崎出島かれいどすこうぷ』は、江戸時代、唯一世界に開かれ貿易の窓口となった長崎が舞台だ。『木挽町のあだ討ち』で直木賞を受賞した二カ月後には、取材で長崎の出島を訪れたという。
「まず、出島ってこんなに狭いんだと驚きました。それに、オランダ商人たちが暮らす出島と、長崎奉行所、中国人居住地の唐人屋敷、そして遊郭も、全部場所が近いんです。江戸に馴染み、江戸を描いてきた私には、長崎はとてもエキゾチックに感じられました」
物語は衝撃的な事件で幕を開ける。商家の丁稚として出島に出入りする少年・光太は、オランダ商人の相手をする「出島行遊女」の母が何者かに斬られ、命を落とす瞬間を目撃する。母はなぜ殺されたのか――やがて蘭語の内通詞となった光太は、密かにその謎を追う。
限られた者しか出入りできない出島だが、中は活気に溢れ、皆が強(したた)かに、逞しく生きる様子が描かれる。
「長崎では町人の力が強かった。お上が知りえない情報も、貿易の最前線にいる彼らなら手に入れることができますから。商人はそのプロフェッショナルで、現場の知恵を生かしてしなやかに、貪欲に商いをしていました」
光太が出島で出会うのが、かつて光太の母に助けられたという遊女の琴音だ。
「資料を読んで、遊女と通詞、出島におけるこの二つの存在感の大きさを感じました。やり手の遊女なんて、情報通で、まるで外交官のよう。才覚によって財を成すこともできる個人事業主のような立場でした。商家と商館を繋ぐ内通詞は、通詞(通訳)の中でも身分が低いのですが、遊女と商館長がやりとりする文を翻訳していたりして、そこにリアルなコミュニケーションが見えてきたんです」
だが、明るい面だけではない。琴音は異人の血を引くため花街でしか生きていけない。バタビア人は、故郷を奪ったオランダ人に「持ち物」として仕える身だ。そのオランダも、ナポレオン戦争で国が消滅する事態に。奉行所を出し抜く商人たちも、一歩間違えれば罪人となる。作中の「ここは、間(あわい)」だという台詞が印象的だ。
「絶対的な善が存在したり、自分たちは正しいから許され、守られていると思える物語のほうが読んでいて気持ちがいいかもしれません。でも、自分こそ正義だと言い切ってしまう怖さってあると思うんです。価値観の揺らぐ場所で、立場の違う者同士が調和することだってできる。出島がその縮図になっていたかもしれないという思いで書きました」
母の死の真相に近づくうち、光太もまた出島の陰の部分を知ることに。一方で、禁忌だと信じ込んでいたものが決してそうではないことも――。光太たちの選択は、驚きとともに爽やかな感動をもたらしてくれる。
「登場人物たちがどんな選択をするかはあえて決めていなかったんです。その時々の彼らの心情に任せようと思いながら書き進め、最後に『おー、そっちを選ぶか』と(笑)」
主人公を決める際は、「その時代で自分の目線と合うのはどんな人なのかを考える」という。
「今この社会が抱える問題点を、過去に同じような状況下にいた人たちはどう解決していたのか。それを考えるのが、私のテーマの探し方なんです」
ながいさやこ/1977年、神奈川県生まれ。新聞記者を経て、フリーランスライターとして雑誌、新聞等で活躍。2010年『絡繰り心中』で小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。23年『木挽町のあだ討ち』で山本周五郎賞、直木賞を受賞。

