「僕が殺したも同然だ……」。母親の死の引き金となった自責の念から、ガソリンを被って焼死自殺を図った元ヤクザの佐藤智明氏。

覚せい剤の誘惑に打ち勝ち、現在は薬物の危険性や恐ろしさを学校講演を通じて訴えている佐藤氏(写真:高澤梨緒)

 九死に一生を得たが、焼けただれた皮膚の激痛から逃れるために「悪魔の誘惑」に何度も苦悶した。佐藤氏の自叙伝『先生は、元極道』(彩図社)から、覚せい剤との戦いを綴ったエピソードを紹介する。

「これからは私が面倒を見ます」

 横浜刑務所を出所した佐藤氏を、門の前で待っている人がいた。昔からお世話になっている知り合いの社長だ。迎えに来るとは聞いておらず、驚いたという。社長は笑顔を見せたものの、すぐに厳しい顔で「いい加減、しっかりしろよ」と言った。

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 連れて行かれた近くのファミレスには、女性がひとり座っていた。障害者を支援する会社K&Tの菊池さんである。社長は「相談したら、お前の面倒を見てくれると言ってくれたんで来てもらったんだ」と説明した。

 当時の佐藤氏は、身体障害と精神障害のいずれも総1級の障害者手帳を持っていた。状況をひと通り聞いた菊池さんは、まっすぐ佐藤氏を見て「これからは私が面倒を見ます」と言った。

 出所者が苦しむのは、住む場所と働く場所の確保だ。刑務所にいた人間は部屋を借りにくく、住所がなければ仕事も探せない。更生したい気持ちがあっても、社会がそれを許さない一面があると佐藤氏は語る。しかし菊池さんはすぐに住居を手配し、引っ越しや生活用品の準備まで手伝った。佐藤氏にとってそれは「暗闇の中に差し込んだ一筋の光」だった。

 ところが、新生活が落ち着くと、佐藤氏は荒れた生活に戻ってしまう。悪い仲間と付き合い、また覚せい剤に手を出した。打てば体の痛みが消え、こわばった身体も動いたからだ。

 菊池さんたちは何度も叱り、車をレッカー移動し、留守中に家探しもした。ケアマネージャーは涙ながらに「もう止めてください。みんなあなたのことが心配なんですよ」と訴えた。それでも断ち切れず、薬の副作用で歩けなくなった佐藤氏は、ついに地元の後輩に電話をかける。

「夜になったら、シャブを持ってきてくれ」

 再出発を誓ったはずの心は、再び暗い闇へ引きずり込まれようとしていた。

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