――どうやって現場を抜け出したのですか。

小松 昼食時だったと思います。みんなが慌ただしくしている間に荷物を持って、そのまま出ていきました。一度家に帰って、持てる物だけ持って、もうその家には戻らなかったです。逃げたとわかれば、事務所の人が追ってくると思いましたから。

――事務所の人間は福島の実家にも来たそうですね。

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小松 私が見つからなかったので、黒塗りの車で複数の怖そうな人たちが実家に来たと聞きました。ただ私は東京にいたんですよ。実家に戻ったら絶対に来ると思っていましたし。最初は妹の家に泊まって、ファーストフード店で時間を過ごしたこともありました。そこから1年くらいはずっと身を隠していました。

©山元茂樹/文藝春秋

事務所の人間から逃れるために偽名を使って生活

――1年も逃亡生活をされたんですね。

小松 まずは全然関係のない土地にアパートを借りました。前に住んでいたアパートは親が解約し、荷物を運び出してくれたんです。ただ住んでいたアパートの前には、事務所の人たちが拡声器で「出てこーい!」と叫んだり、私のヌード写真を建物の外に貼ったりしていたそうです。実家では親が「ここにはいない」と対応してくれて、しばらくすると追ってこなくなったようです。

――生活費はどうしていたのでしょうか。

©山元茂樹/文藝春秋

小松 偽名でアルバイトをしていました。顔を知られるのが嫌で、夜は割烹料理店の皿洗い。昼は有楽町のレストランでウェイトレスもしていました。「木を隠すなら森の中」という考えです。オフィスで働く人が昼食に来る店なら、かえって安全だと思ったんです。

 半年ぐらいはトラックのドライバーもしていました。普通免許で運転できた時代だったので、3トン前後のトラックなどを運転していました。

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