のちの作家・僧侶、今東光の本気の恋

いま考へると、私はこの滝田樗陰のおいて行く50銭銀貨を貰ふのが目的で、店に出ていたのかと思ひます。忘れもしません。あれは夏の始めでしたが、それまでに着ていた袷の着物の裏を剥がして単衣にし、その単衣を着て店へ出たりしていたのですから、私の貧乏もそこをついていたと思ひます(『私の文学的回想記』)。

そんなわけだから、千代は9円の金が貯まったら、途端に店をやめてしまったと書いている(『私の文学的回想記』)。盛り上がる男たちに対して、千代のほうはといえば生活のことで手一杯だったのである。

しかし‼ そんな単にお祭りムードで騒ぐのではなく、本気で千代に恋している男がいた。今東光……後に、作家・僧侶として人気を集める男性である。

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どれくらい本気の恋だったか……1977年に亡くなった東光の絶筆は『週刊読売』1977年7月30日に掲載された連載「友鏡 わが交遊録」の第30回、取り上げている人物は宇野千代である。そんな偶然とは思えない絶筆の随筆で、東光は千代との出会いをこう記している。

今東光「一目惚れでのめりこんで仕舞った」

僕が彼女をはじめて見た時は、先ずその美しさにびっくりして仕舞った。彼女は故郷の岩国で代用教員をしていたのを止めて上京し、小説家を志しながら働いていたのだが、口をきくと長州訛りが残っていて、それが一種の色気となっていた。勿論、当然、僕は一目惚れでのめりこんで仕舞った。

吾々は毎夜、遅くデートした。というのも本郷三丁目あたりから白山上の肴町近くの下宿までの送り狼で、彼女に指でもさす畜生は容赦なく噛みつくつもりだった。

もう、死期を意識してか全力で青春の恋を記した東光に比べると、千代の語る東光との思い出はいささか軽い。

或るとき、店の客であった今東光と道で出会ひ、それからは家へ遊びに来たり、また一緒に散歩したりするやうな間柄になりました。いまで言ふボーイフレンドと言ふのであったかも知れません(『私の文学的回想記』)。