宮崎県串間市の沖合、わずか200メートルに浮かぶ「築島(つきしま)」。住民は実質4人で、地元・宮崎の人でさえ「そんげな島あったっけ?」と首をかしげる“ナゾの島”だ。本土とを結ぶ定期船はなく、島内には商店も薬局もない。

 ほぼ無人島と化した島に残った人々はどう生活しているのか。この島で生まれ育った築島宏樹さん(40)に、島での暮らしぶりを案内してもらった。

本土側から見た築島(写真撮影=仲奈々、以下同)

島に渡る前に「必ずやるべきこと」とは?

 築島に向かうには、まず対岸の舳港(へたこう)まで行く必要がある。串間市のコミュニティバスは水曜と金曜のみ、1日3便程度。島には買い物ができる場所が一切ないため、本土側で食料を事前に買い込んでおかなければならない。

ADVERTISEMENT

 合流地点のスーパーに、築島さんはクーラーボックスや保冷バッグを両手いっぱいに抱えてやってきた。車や船に食べものを置かざるを得ないことが多く、傷むのを防ぐために毎回持参しているという。島には病院も薬局もなく、体調を崩せば自分で船を出して本土に渡るしかない。救急車も呼べないため、緊急時にはドクターヘリが来るのだという。

買い出し中の築島さん。マイバッグどころか、マイクーラーボックスを持参していた

 島へ向かう途中、地元で人気の「道の駅なんごう」へ。居合わせた高齢者に「これから築島へ行く」と伝えると、「そんげな島あったっけ?」と隣の人と顔を見合わせていた。宮崎ゆかりの人でも「知っている」と答える人がほとんどいないほど、築島は「忘れられた島」と化している。

 港に着くと、目の前に緑に覆われた築島が見える。島までは船で5分ほどだ。築島さんが小学生の頃には、授業で島から本土まで泳いで渡ったこともあるという。

 住民は全員が「マイ船」を持ち、車の免許はなくても船舶免許は必ず持っている。かつて渡し船を生業にしていた人が亡くなってからは、島外の人が渡るには自家用船か、島の関係者に頼むしかなくなった。それが“知る人ぞ知る島”になった理由かもしれない。

なぜか整備されたトイレ、誰が使っているのか?

 島に着くと、築島さんが見慣れない乗り物を運んできた。島には公道がなく、車が走れない。そのため1家に1台、荷物運び用の「運搬車」を持っているのだという。

築島さんが持ってきた「運搬車」

 宿へ向かう途中、港が人口減少に悩む島とは思えないほど整えられていることにも気づく。草木はきれいに刈られ、公営のトイレや水道まで完備されていた。では、4人しかいない島で誰が使うのか。築島さんの答えは意外なものだった――。

 続く記事全文では、かつて100人ほどが暮らした島の現状を詳細にレポートしている。

次のページ 写真ページはこちら