派遣切りにあったことからホームレスになってしまう女性を描いた『神さまを待っている』を上梓した畑野智美さん。この作品には、自身の経験が色濃く反映されている。作家デビューする31歳まではアルバイト生活をしながら、新人賞に応募する小説を書く日々。心身ともに苦しい生活のなかで、周囲からかけられた言葉への違和感。

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――畑野さんは、作家としてデビューするまで10年以上アルバイトを続けていたとお聞きしました。そのころ周りの人によく言われる言葉があったそうですが。

月に2、3回しか家に帰ってこない父

畑野 みんな、なにかあると「東京に実家があるからいいじゃん」って言うんですけど、それはちゃんとした実家のある人の考えですよね。お父さんとお母さんがいて、親の稼いだお金で成り立っていて、子どもが安心して身を寄せることができる実家。でも、そうじゃない家だっていっぱいある。うちは父がいないから、母と支え合わないと生活できませんでした。

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著者近影 ©鈴木七絵/文藝春秋

――それは、ご両親が離婚されていたということですか。

畑野 いえ、私が物心ついたころから、父はほとんど家に帰ってこなかったんです。仕事が忙しいからって、月に2,3回しか家に帰ってこないというのは、おかしいですよね。

 母は兄と私の学費を確保するため、私たちが大学を卒業するまで絶対に離婚しようとしませんでした。それでも一緒に暮らしていない父にお金を振り込んでもらうのは本当に大変で、何度も電話して学費の交渉をしている母を見ると、絶対に浪人なんてできないし、留年もできないと思いました。4年制大学に行くのも申し訳なく感じて、自分の学力でも絶対に入れる短期大学を選びました。

 普通の父親がどんなものなのか、私は知りません。大人になってからびっくりしたことなのですけど、友達が「他の人になんて言われても、お父さんだけは世界で1番私のことをかわいいって言ってくれる」と話していて。それが父親という生き物なのか、と衝撃を受けました。恋人と揉めたり、男の子にひどいことを言われたりしても、そういう人が世の中に1人はいるっていうことは、ものすごく支えになると思います。私にはそんな記憶もないです。