独裁政権下の請求権協定は「当事者不在だった」と主張
裁判を起こした韓国の元徴用工の主張の中には、1965年の協定では当事者が不在だったという思いがあるという。中道派の韓国全国紙記者の話。
「韓国では、87年に独裁政権から民主化を勝ちとって以降、90年代に入って、戦後補償に大きく目が向けられました。元慰安婦だった女性が自ら名乗りでるなど当事者が声を上げ始めた。慰安婦合意でも当事者不在がいわれましたが、元徴用工も同じで、1965年の請求権協定では自分たちの声は疎外されたという思いがあるのです」
敗訴を重ねる中、まさかの「差し戻し」の背景には盧武鉉?
元徴用工は、95年から日本で損害賠償を求める裁判を起こしたが次々と敗訴。2005年からは韓国で裁判を起こし、やはり敗訴を重ねていた。しかし、その局面ががらりと変わったのは2012年5月。大法院は原告敗訴を取り消し、事件をソウル高等裁判所に差し戻したのだ。翌年の2013年7月にはソウル高裁で原告が一部勝訴し、被告の新日鉄住金は判決を不服として大法院に上告した。
この大法院のまさかの差し戻し判決の背景についてはさまざまに取り沙汰されたが、
「大きく2ついわれていて、ひとつは2011年8月に『慰安婦問題で、韓国政府が日韓の紛争解決に向けての措置をとらなかったことは憲法違反』とした憲法裁判所の判決。そして、もうひとつが差し戻し判決を下した大法院の当時の判事が盧武鉉元大統領時代に任命された人物だったためという点でした。いずれにしても、この判決は日韓関係の地雷といわれていて、いつ爆発するかと怖れられていたのですが……」(同前)
朴槿恵のスキャンダルで再び裁判が動き出した
5年以上も保留されていた裁判がこの7月ににわかに動き出したのは、日本との関係を憂慮し、判決を引き延ばすことを朴槿恵前大統領が示唆していたことが明るみにでたと発表されたためだ。文在寅大統領が推し進めている「積弊清算」の賜といったところか。この事実が発覚した翌月の8月には差し戻しの審理が始まり、10月30日の判決へと続いた。
韓国メディアは、判決自体には異議はないものの、「韓日 不実な過去清算…53年フタしていた宿題が水面上に」(京郷新聞10月31日)と1965年の日韓基本条約を見直すべきだという「65年体制見直論」を示唆する報道や「大法院 強制徴用賠償せよ 韓日関係に台風」(中央日報、同)と日韓関係を憂慮する声を掲載している。
韓国で広がる「65年体制見直し論」
「65年体制見直し論」は、日韓基本条約が結ばれて50周年と言われた2015年頃から浮上した。当時の軍事政権と民主化された政権では立場が異なるとし、また、玉虫色といわれる日韓基本条約を見直すべきとするもので、最近では進歩系の記者の中に「トランプ米大統領も状況が変わったとして国家間の条約を破棄しているケースもある」と言う人もいる。
今回の判決について街の人にも話を聞いてみた。「当然」(40代会社員)と受け止める人もいたが、「あまり関心がない」(40代主婦)や「条約で決めたことを国内事情で反故にしてしまうことは国としてはあるまじきこと」(60代)と眉を潜める人もいた。全体的には、関心の高さはあまり伺えなかった。
2012年5月の差し戻し判決の際には、韓国政府(李明博元大統領時代)は判決後4時間半あまりで、「請求権協定ですでに解決済み」として大法院の判決を否定したが、今回は、3日経った11月2日現在もまだその立場を明らかにしていない。
「(韓国政府は)2012年5月の時とは異なる立場なだけにより慎重になっていて、タイミングを計っているのではないかとも囁かれています」(同前)
韓国では大法院の判決に希望を見出したとして「訴訟を起こしたい」という問い合わせがでているといわれる。一方、日本企業70社を相手にした元徴用工の関連裁判は他にも15件の裁判が進行中だ。