日本バドミントン界が、活況に沸いている。
8月のインドネシア・ジャカルタで行われたアジア大会では、女子団体で日本チームが大会5連覇中だった中国を破って48年ぶりの優勝を果たした。
その主軸になったのが、シングルスの代表だった奥原希望(日本ユニシス)と山口茜(再春館製薬)の2人だ。2016年のリオ五輪で奥原が銅メダルを獲得したのは記憶に新しく、昨年の世界選手権では世界女王にも輝いた。同じくリオの舞台に立った山口も、今年に入って日本人史上初の世界ランキング1位になり、海外ツアーでも抜群の安定感を見せている。
ライバルなんですけど、感謝する存在です
2年後に控える東京オリンピックでのバドミントン・シングルスの出場枠は最大で「2」。2019年4月から始まるランキングレースの上位の2人しか、東京の切符は手にできない。つまり、他の選手が大舞台に立つためには、世界の頂点にいると言っていい奥原、山口の両選手を上回る成績が求められることになる――。
「やっぱりすべてが自分の中では運命というか。この時代に生まれてくることは決まっていたんじゃないかと、そういう解釈をするしかないんですよね。もし、また違う時代に生まれていたとしても、ライバルが居なかったら自分自身の実力も上がっていないと思いますし。同世代のライバルの存在は、自分自身のレベルもスキルも、向上する良い要因になっていると思います。なくてはならない存在というか……ライバルっちゃライバルなんですけど、感謝する存在です」
そう言って、大堀彩(トナミ運輸)は自身の置かれた環境を俯瞰する。
2つの大きな“壁”が立ちふさがる
大堀は、幼少期から女子バドミントンで日本を代表する選手だ。現在の世界ランキングは16位。両親ともにバドミントン選手の家庭に生まれ、小学5年生で全国制覇を達成すると、中学3年時にも全国の頂点に立った。2012年の世界ジュニア選手権で3位に食い込み、翌年の同大会では準優勝。2013年のアジアユースU19選手権では日本人として初の戴冠も成し遂げた。いずれもそれまでの日本人女子選手としては特筆すべき実績である。
だが、順風満帆に見える実績の裏には、2つの大きな“壁”が立ちふさがっている。それこそが奥原と山口の存在だ。前述、2012年の世界ジュニアでは2学年上の奥原が優勝、1つ年下の山口が準優勝。2013年の同大会も決勝で敗れた相手は山口だった。
「中学・高校時代からいるライバルが、いまでもずっとそのままいる感じです(笑)。やっぱり常に意識はしていました。でも、いま思うと学生時代は少し意識をしすぎていた部分があったりして、そこで空回りしていたのかなと思う部分はあります」