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ウイグル問題への言及はなぜ「面倒くさい」のか?

ヤルカンド市内で携帯電話販売店の前に立つウイグル族女性。もはや漢民族経済抜きの生活は不可能だ。2014年3月筆者撮影

 筆者はウイグル問題の専門家ではない。とはいえ、過去に現地に行ったこともあれば、自分の書籍で何度か詳しく言及したこともあるため、この問題への関心はおそらく他の中国ライターよりも強いはずだ。

 ただ、正直に言ってウイグル問題に言及するのは気が重い。その理由は、日本国内でこの問題を語ったり調べたりする行為が、極めて面倒くさい事態を引き起こしがちだからだ。これは筆者に限った話ではなく、過去にウイグル報道に関係したテレビ関係者や新聞記者に尋ねても、似たような感想を述べる人が何人も見られる。

 ここでいう「面倒くさい」事態とは、中国当局の妨害や圧力だけではない。もちろん妨害も深刻だが、こちらは事前に想定ができる。日本でわざわざウイグル問題を報じようとする報道関係者にはキモの据わった人が多く、ある程度の覚悟をしている人も多い。

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メディアが直面する3つの問題

 むしろ問題なのは、いざウイグル問題について調べようとフタを開けてみると、中国の政治事情とはあまり関係がない問題に数多く直面し、精神力をいちじるしく消耗する点である。結果、ウイグル問題を1度くらいは取り扱ってみても、「次」にもう一度取り組もうという気にはなれない報道関係者も少なくないようだ。

 そこで今回の原稿では、日本のメディアがウイグル問題を報じる際に直面する「面倒くさい」問題の内実を指摘してみたい。おおまかに言えば、以下のような問題が存在しているのだ。

1.中国政府からの取材妨害や情報の制限

2.在日ウイグル人民族運動と支援者の問題

3.他の日本人のウイグル・チャンネルの問題

「えげつない監視体制」

新疆西南部、ヤルカンドの街。モスクの付近では平和な日常が広がっていた。2014年3月筆者撮影

 まず「1.中国政府からの取材妨害や情報の制限」は想像が付くだろう。ウイグル問題は中国政府にとって、党の最高指導部の権力闘争と並ぶ重大なタブーだ。問題が現在進行形であり、かつ当局のコントロールが完全には成功していない点で、実は六四天安門事件や対日歴史認識問題よりも、ウイグル問題のほうが中国国内でのタブー度合いは高い。

 個人的な経験で言えば、2014年春ごろに中国国内にいる某新聞社の日本人記者と電話で話した際に、ウイグル問題に言及した瞬間に音声の雑音が増え、いきなり切れてしまったことがある。たとえ日本語の通話でも、中国のSIMカードを使った場合はばっちりリアルタイムで盗聴されているわけだ。

 ウイグル問題を取材しようと新疆に入る記者(報道ビザを持たない場合も含む)は行動を徹底的にマークされる。中国国内、特に新疆での携帯電話の通話内容やチャットソフトでの会話内容もすべてチェックされている。また街のあちこちにある監視カメラの画像も、顔認証技術を応用して解析されている可能性が高い。現代の新疆で、外国人の取材者が当局に捕捉されずに誰かと会って話を聞く行為は事実上不可能に近い。

ちょっと不満を漏らしただけで収容所送り?

 しかも、滞在中に接触した現地のウイグル人は、その後に高確率で当局による尋問や拘束を受ける。話を聞く相手が確実に当局に特定され、さらにその後で拘束される可能性が高いとなると、コメント取りが重要になってくる大手メディアの現地取材はかなり難しいと考えていい。

 加えて言えば、中国当局を過度に刺激するような取材をした場合、大手メディアの記者の場合はビザの延長が難しくなったり、中国支局に圧力が掛かったりする。フリーランスの場合は今後の入国自体が禁止される可能性も出てくる。当然、他の問題と比べて、日本のメディアがウイグル問題を取り扱うハードルは高い。

ヤルカンド市内の大通り、中国共産党の正当性を訴える看板。周囲では武装警察の装甲車がひっきりなしに走り回っていた。2014年3月筆者撮影

 それでも近年の日本メディアは、『朝日新聞』やNHKなども含めて、実は世界規模で見てもウイグル問題の取材に積極的なほうだ。だが、記者本人が新疆に立ち入るような取材は、監視体制が現在よりはユルかった2014~15年ごろまでは多かったものの、近年は減った印象がある。

 2018年現在は、ウイグル人がちょっと生活上の不満を漏らしただけで収容所送りになるという話もあり、現地取材はほとんどできなくなっている。