鉄道ファンにとって銚子電鉄のお楽しみは仲ノ町駅の車庫だ。小さくてかわいい凸型の電気機関車「デキ3形」がいる。かつて地下鉄丸ノ内線を走っていた電車を改造した車両も保存されていた。
小さな緑色の鉄道車両を見つけた
この車庫は8時から16時の間、車両の入れ替え作業などがない時に見学できる。駅の窓口で150円の入場券を買い、「見学させてください」とお願いしよう。仲ノ町駅を発着する電車を撮影できる「お立ち台」もある。
見学と言えば、この車庫に接するヤマサ醤油の工場も見学可能だ。駅に降り立った瞬間に独特の香りが漂っている。醤油そのものとはちょっと違う。大豆を煮たか、発酵の香り。工場見学そのものは予約が必要だ。しかし、工場敷地内にある「しょうゆ味わい体験館」は9時から16時まで入場可能だ。
守衛所で申し出て「しょうゆ味わい体験館」に向かうと、小さな緑色の鉄道車両を見つけた。箱形で、パンタグラフはない。ディーゼル機関車だ。ガラス張りの小屋の中に機関車だけ。つまり、この機関車君のためだけに作られた家だ。とても大切に保管されている。傍らに銘板があって「日本に現存する最古のディーゼル機関車」だ。
この機関車はドイツ製で、軽油ではなく石油で走るという珍しい仕組み。大正末期に輸入され、ヤマサに移籍して戦後から1964(昭和39)年まで稼働した。工場で生産された醤油を貨車に積み込み、この機関車が引っ張って銚子駅まで往復した。工場と銚子駅を結ぶ専用の線路があったそうだ。
なぜ銚子に醤油工場ができたのだろう
遊園地の乗りもののような機関車が、毎日、貨車をつないで走っていた。そんな姿を想像すると楽しい。親しみを感じる人は多かったようで、この機関車は考案者の名をとって「オットー」と呼ばれていた。いまも鉄道ファンには「銚子のオットー」で通じるという。
オットーで銚子駅まで運ばれた醤油は、銚子駅で国鉄の貨車に積み込まれ、東京へ、もしかしたら関東各地、全国へ運ばれたかもしれない。醤油の長い旅の始まりはオットーなのだ。「おっ父(オットー)、行ってきます!」なんちゃって。
出荷に専用の機関車を持つほど、ヤマサの醤油工場は大規模ということだ。しかし、なぜ銚子に醤油工場ができたのだろう。その理由は海、そして黒潮にあった。
銚子沖は暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかるところ。水温が適度で栄養塩が多いため、天然の大漁場だ。その漁業を発展させた人々は、遠く紀州からやってきた漁師たち。紀州の漁師は近海に留まらず、黒潮の魚を追って関東まで漁場を広げていたという。黒潮に乗って紀州の漁師がやってきて、銚子の港を整備した。銚子の人々のなかには、ご先祖のお墓が和歌山県にある人も多いという。