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なぜ伊藤は「ドライブ」ではなく「無回転」を使うのか

 伊藤の無回転強打は、そのドライブによる安定の効果を使わないことを意味する。しかも伊藤は相手に時間を与えないために、ボールが弾んですぐの低い打点でそれを行う。相手に近く、なおかつ低い位置から直線的な軌道で相手のコートに入れるのは絶望的に難しい。ネットすれすれを通過し、重力によってわずかに沈み込んでコート一杯に入る軌道だ。少しでも下にズレればネットミス、上にズレればオーバーミスとなるため、針の穴を通すようなコントロールが要求される。もちろん、確率を度外視すれば他の選手でもまったくできないことではない。何回かに一回は入る。バスケットボールやサッカーの超ロングシュートのようなものだ。その超ロングシュートを立て続けに入れるようなプレーが、伊藤がスウェーデンオープンでやってのけたことなのだ。決勝で伊藤のプレーに呆然とする朱雨玲の表情は「冗談じゃない、こんなプレーが連続してできてたまるものか」と言っている表情なのだ。

©JMPA

伊藤の無回転強打がすごい理由

 伊藤の無回転強打の威力は、速いことだけではない。

 低い打点から直線的に飛ばしたボールは、飛行中のボールが常に低いため相手に高い打点を与えない。低いカメラからの映像を見ればよくわかる。そのため、相手は速いボールで打ち返せない。

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 もうひとつある。前進回転同士の安定系の破壊だ。カットマンとの試合など特別な場合を除き、卓球選手同士の速いラリーでは、打球の瞬間に回転の反転が起こっている。裏ソフトラバーの場合、ボールとラバーはほとんど滑らないので、回転しているボールがラバーに当たると、ラバーの表面がボールの回転方向に引っ張られて変形し、その変形が元に戻る過程でボールを押し出して逆の回転がかかるのだ。相手の回転が大きいほど打球後の回転も大きくなる。卓球のボールの回転を作り出しているのはラバーの摩擦力と弾性なのだ。

回転の反転を図解 ©伊藤条太

 攻撃選手同士が速いボールを打ち合うとき、自らのスイングに加えて、お互いが相手の前進回転を利用して前進回転をかけているのであり、そこでは一種の安定系が成立している。伊藤の無回転強打は、その安定系を壊すボールであり、相手を前進回転のメリットを使わない世界に強引に引きずり込む行為なのだ。

 以上のように伊藤が行う無回転強打には、速さ、低さ、前進回転の安定系の破壊という大きな威力があるにもかかわらず、多くのトップ選手はこの打法を採用しない。そのためこのようなボールに対して練習をする機会が少なく、それが余計に対応を困難なものにしている。