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解任劇といえば「三越事件」の「6号議案」

 こうした解任劇でもっとも有名なのは三越事件(1982年)だ。それはワンマン社長として君臨する岡田茂が、貴金属商を営む愛人に便宜を図り、そうした「私物化」が表沙汰となるなかで、解任された事件である。

 その日の取締役会の議案は全部で6つ。最後の6号議案は「その他」としか書かれていなかった。岡田が主催した事前のリハーサルでは、愛人との取引の見直しを検討するという内容であった。岡田はそうしてガス抜きをし、窮地をしのぐ腹づもりであった。ところが本番では進行役がまるで違うことを宣言する。「岡田社長の社長と代表取締役の解任を提案いたします」と。

岡田茂 ©︎AFLO

 面白いのは数日前に岡田を解任するリハーサルが行われていたことである。それでいて役員たちは何食わぬ顔で岡田主催の岡田を守るためのリハーサルにも出ていたのだ。おまけに進行役は岡田が自らの腹心と認めていた専務であった。このように解任劇の多くでは、最後の最後まで忠誠をみせ、子飼い・使用人としてふるまう人物が現れる。前川喜平ではないが、まさに「面従腹背」である。直前までそれを貫き、議決に入った瞬間、敵に変わる。わずか1手でバタバタとひっくり返っていくオセロのようだ。

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フランスでは「カエサル暗殺」の見立ても

 日産の場合、事前に調査の詳細を知るのは西川社長ら数人の役員であったと言われる。その西川は「ゴーンのお気に入りの1人」と見られ(注4)、社長になったのもゴーンの提案によってであった。そんなことを知ってか知らでか、フランスのメディアのなかには今回の出来事を「カエサル暗殺」に見立てたところもある。信頼していた者に裏切られることの喩えだ。

 二十年前、不況にあえぐ日本企業は、年功序列や終身雇用といった「日本型経営」を宿痾とみなし、成果主義への移行や人員削減を行っていく。ゴーンはそのシンボルであった。そんなこんなで日本型経営は廃れていくのであったが、一方で「面従腹背」という日本の企業文化はしたたかに生き延びていたようだ。。

(注1)週刊朝日1998年2月6日号 
(注2)週刊ポスト1992年8月7日号
(注3)週刊現代1992年8月8日号
(注4)朝日新聞デジタル2018年11月21日「ゴーン頼みだった日産、決別鮮明 側近の社長、突き放す」
(注)三越事件は大下英治「9・22『三越岡田社長解任』取締役会」(「文藝春秋」1982年11月号)を参照した。