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徹底した合理性と愚直なまでの謙虚さが同居している

 そんな話を聞いていて、思うことがあった。

 きっと辻居は、いわゆる「天才」と呼ばれる人種ではない。

 教科書を一度読んだだけで覚えられる。

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 150kmの速球を、初見でバットに当てることができる。

 そういう驚異的な先天的センスを持ち合わせているわけではないのだと思う。辻居のすごいところは、徹底した合理性と愚直なまでの謙虚さが同居しているところだ。

 一面では、実に現実的に人生を見ている。

「やっぱり野球でチャレンジをするには土台が必要だと思うんです。まずは自分の特技である勉強を活かしてしっかり東大に入る。そこで司法の世界を目指すというのがベースにあるからこそ、よりハードルの高い野球の世界でも思いっきりチャレンジができるんだと思います。自分の中では野球と勉強はそういう両輪のような存在なんです」

 

 闇雲に野球に打ち込むのではなく、二兎を追うからこそ得られるものがあると辻居は考えている。「自分には勉強がある」と思えるからこそ、野球も思い切って頑張れる。

 その一方で取材の間、辻居は「自分なんてまだまだ」という言葉を何度も繰り返した。

「よく『文武両道ですごいね』ということを言われるんですけど、自分の中ではすごいという感覚はあんまりなくて。逆に言えば、どちらの分野においても僕よりすごい人はたくさんいるわけじゃないですか。そう考えると、僕はどちらの面でもまだまだだし、勉強も野球も、もっと上を目指していかないとな、と思っています。課題は山ほどあるので、伸び代だらけですよ(笑)」

新チームでは主将に就任した

 東大法学部トップクラスの成績で、野球でプロ注目の実力もある。21歳でこんな状況になれば、驕るなという方が難しいだろう。にもかかわらず自分が成長するためには傲慢さが一番の敵であることを心から理解している。「まだまだ」という言葉が決して建前に聞こえないところに、彼の魅力があるのだろう。

 

 だからこそ、並みの「天才」ではできないことでもできる可能性がある気がする。一歩ずつ、しかし効果的な道を進み続け、気づけば誰も行けなかったところまで辿りついている――辻居にはそんな姿が良く似合う。

「何かを極めている人って、すごくカッコいいと思うんです。プロ野球選手もそうですし、勉強がすごくできる人もそうですし。だから色んなことにどんどん挑戦していきたいですね。変化をおそれずやっていきたい。それは大人になっても、どのフィールドでも変わらないのかなと」

 新チームでは主将に就任し、いままで以上に緊張感を感じているという。来季は東大野球部として2年ぶりの勝ち点獲得と、1997年秋以来となる「最下位脱出」を狙う重責を担うことにはなるが、それでも辻居がぶれることはなさそうだ。

 もし来春、リーグ戦で大活躍してプロになったとして。もしくは幼少からの夢である司法の道を選んだとして。どちらの道を選んだとしても、きっと辻居に話を聞けば開口一番、こう言うのだろう。

「自分なんて、まだまだですから」

写真=山元茂樹/文藝春秋