社会はこれまでにないスピードで変わり、ますます混沌とした世の中になると思います。
確かに言えるのは、子どもたちは、親が想像できない時代を生きることになるということです。そんな社会で自ら変革を起こせる「チェンジメーカー」を育てるために、ISAKでは「多様性を活かす力」「問を立てる力」「困難に挑む力」の3つの力が必要だと考えています。
1つ目の「多様性を活かす力」は、頭で理解してもダメで、多様性の環境に身を置く、あるいは日々多様性を意識する環境にいなければ培うことができないと思います。
私が高校留学時代に一番苦労したのは寮生活で、異なる文化を持つ外国人同士、一緒に暮らすことでした。
カナダの寮生活は4人部屋で、私は2段ベッドの下で、上にウルグアイからの留学生がいました。私は朝型で、その子は夜型。私は21時にはベッドに入りますが、彼女は深夜2時にゴソゴソ帰ってきて、部屋の電気をバチッとつける。
最初の頃はしょっちゅう衝突していましたが、そういうときは交渉するしかないんですよね。何時から何時までをquiet timeにするとか、お互いが守るルールを交渉したり、自分も耳栓を買うなど妥協点を探る努力をしました。
私が高校時代に感じたような苦労は、ISAKの卒業生に聞いても同じでした。
ISAKでは入学を希望する方々の為に、学校説明会を開催しています。質疑応答には、私や校長ではなく、ISAKの在校生や保護者が立って本音でお答えします。
先日舞台の裾から見ていたら、「学校生活で一番苦労したのは何ですか」という質問に、3人中2人が寮生活と答えていました。一緒に暮らしたことがない人達といきなり同室になり、仲は良いけど、自分の当たり前が当たり前でない人との共同生活は、ぶつかり合いの連続の生活。でも後になって振り返ると「自分が人間として最も成長したのも寮生活だった気がする」とも話していました。
それは社会人でも一緒だと思います。私が卒業して最初にモルガン・スタンレーに入社した時、交渉先との言い分が食い違い、案件が破綻しかけたことがありました。
そのとき私は、相手が何を懸念しているのか想像し、こんな風に説明すれば良いんじゃないとアメリカ人の上司に提案した結果、その案件がまとまったことがありました。
私は社会人1年目の終わりに、当時の上司から「君は数字は弱いけど、交渉ごとや人を巻き込む力は凄い。その能力は、将来マネジメントをする時に生きてくる」と言われ、これは自分の才能なんだと初めて気づかされました。自分の当たり前が、当たり前ではない人たちとどう対峙して、交渉をすすめるか。カナダの寮生活で肌で感じたことが、社会人になって実を結んできたという感じです。
しかし、多様性は国籍の違いだけのことではありません。ISISの台頭や、Brexit、トランプ大統領誕生の背景を見てもわかるように、国籍とか人種とか表面的にわかりやすい違いではなく、持つ者と持たざる者、宗教観や歴史観の違いという複雑な衝突が起きています。
ですからISAKでは、単に多国籍の生徒が集まる場という概念を超えて、7割の生徒に給付型の奨学金を出すことで、いろいろなバックグラウンドの人に入ってもらい、社会経済的な多様性をも実現したいと考えました。
私は多様性のなかで生きていくとき「やじろべえ」を思い出します。「やじろべえ」は両方に物がぶら下がっていますが、物の重さや手の長さによってバランスをとる支点を変えますよね。そんな風に、落とし所や自分の立ち位置をその時の状況によって柔軟に変えられるのが、異なった背景を持つ人々との生活には重要ではないかと思います。グローバルな人間とは、いろいろな価値観の人と仕事をする環境において、この「やじろべえ」の感覚を持っている人だと思うのです。もちろん、「やじろべえ」の支柱がしっかりしていないとそもそも立っていられなくなりますから、アイデンティティも大切です。
心底やりたい事をするのが子供が長続きできる秘訣
多様性をいかす力は、自分の子育てでも大事にしていることです。私には子どもが2人(小学生と年少)いるのですが、それぞれ個性があり好きなことも違います。
私は主人と相談して、それぞれの子どものいいところはひたすら伸ばし、やりたいことを徹底的に応援するようにしています。ですから、子供にも多様性を重視するような教育を行っています。
実は、ISAK設立とともに、家族で東京から軽井沢に引っ越しました。東京にいたら公立や私立など選択肢は多いですが、軽井沢は公立だけです。子供が通っている小学校は、東京から軽井沢に移住した家庭や、もともと住んでいる方など、学力も家庭環境もバラバラです。
家族ぐるみの付き合いが多いですが、それぞれ環境が違うことを、親も子供達も自然に受け入れている様子で、田舎なせいか子供達はのびのびと仲良く育っていて、変な壁もありません。私は、そんな多様性に対する寛容力がある環境に入学させて良かったと思っています。
それでもたまに、上の子は小学校から帰ってきて「友だちに、こんなこと言われた」と、話してくれることがあります。そういう時に「それって、どういうことだろうね」と、お友達がそう言ってきた理由を一緒に考えるようにしています。
子どもがケンカをした時も、相手の文句を言うのではなく、ケンカになった原因を考える。多様性理解の根幹は、相手はどうしてそういう言動に至ったのかに思いをはせられることにつきます。自分の当たり前が当たり前でない人と対峙した時に、人格を否定したり攻撃したりするのではなく、相手の立場にたって考える。そんな機会が多ければ多いほど良いと思うんです。
2つ目の「問を立てる力」も、子育てで同じように大切です。
「問を立てる力」には、外向きな問と、内向きな問の2つがあると思います。とかく世の中は、何がこれからくるかとか、どうなるとか、外向きな問にフォーカスされがちです。
しかし自分の内面と向き合い、自分が何をやりたいのか、何が得意かをとことん問うほうがまずは大切。頭で必要だと思ったことよりも、子供が心底やりたいと思ったことの方が、きっと長続きするからです。子どもが何をしている時にドキドキワクワクしているか、親はしっかりと観察してあげたほうがいいと思います。
我が家の場合、上の子は理系が好きなので、ずっと宇宙や深海の図鑑やDVDを与え続けました。小1ですが、NHKスペシャルが大好きで、お小遣いを貯めて買うのは天体望遠鏡や電子顕微鏡や、水の生き物(笑)。先日は「大人の科学マガジン」を買って付録の飛行物体を組み立てていました。結局は自分にパッションがあることが大切だと思います。
かといって、好きなことをただ好きなようにやらせれば良いわけではない。3つ目の「困難に挑む力」と関係するのですが、子どもがやると言ったことは、最後までやりきるクセをつけるのが大事だと思います。我が家でも最も苦戦しているのはここかも知れません(笑)。
好きなことでも、壁に突き当たることがあります。
上の子がスイミングをやりたいと言ったので、レッスンを始めたのですが、そのとき「25m泳げるまで、絶対にやめない」という目標を立てさせました。
軽井沢の冬は−15℃になる時もあります。スイミングの帰りは寒くて、親も泣きそうです。「お母さん、やだよー」とか子どもが言うんですけど、目標を達成するまでは絶対にやめさせない。本人が決めたことなんだから、そこは鬼です。本当は私もそんな寒い日にプールなんか行きたくなかったんですが(笑)。
コツコツやり遂げることの大切さ、やり抜く力の大切さは、小さい頃から教えていかねばならないことだと感じています。
逆に一番避けるべきは、子どもが望んでいないことを親が良かれと思って、本人の意思に反して無理矢理させることです。
海外留学もそう。海外留学は、試練の連続です。親に行かされたと思うと、大変な状況で心が折れてしまいやすい。困難に立ち向かわなくてはいけないエネルギーを、親を責めることに使ってしまい誰にとっても不幸です。
代わりに親がすべきなのは、情報をちりばめてあげること。そしてちりばめる情報を恣意的に選択することはできると思います。
たとえば、子どもを海外留学させたいと思うなら、子どもがしたいことの延長に、海外に行く必要があるよう、与える情報を操作することです(笑)。宇宙が好きだという子には「宇宙ステーションで働くにも、最先端のロケットを作るにも、世界各国の人たちとの共同作業だ」ということを日ごろから話し、リビングに海外留学の本を置いておくとか。大切なのは、本人があくまでも「自分で選択している」と思えること。
私も親にああしろ、こうしろと言われた記憶はないですが、今思うとさりげなく操作されていたのかも知れません(笑)。私が中学受験や、留学を決めた時も、何となく目につくところに情報が置かれていたんです。そして、実際に私はその方向に向かって歩いてきたわけですから。
構成=小林純子(フリーライター)
プロフィール
小林りん(ISAK代表理事)
1990年 東京学芸大学附属高等学校入学
1991年 同校を中退、カナダのピアソン・カレッジに入学
1993年 国際バカロレアディプロマ資格取得
1998年 東京大学経済学部卒業
1998年 モルガン・スタンレー日本法人勤務
2000年 インターネット系ベンチャー企業ラクーン取締役就任
2003年 国際協力銀行(JBIC)勤務
2005年 スタンフォード大学国際教育政策学修士号取得
2006年 国連児童基金(UNICEF)プログラムオフィサーとしてフィリピンで勤務
2008年 インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)設立準備財団を発足
2014年 インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢を開校