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はじめてお金が発生した仕事は……

――ご出身は札幌ですけど、高校の文化祭でステージに立つこともあったんですか。

Yunomi  文化祭、あんまりよくなかったんだよなあ……。僕らが出る前の年の先輩がステージで暴れちゃって、うるさい音楽って目の敵にされてしまった。だから生ドラム禁止だったんです(笑)。エレキドラムで代用して演奏はしましたけど。

――大学でも音楽は続けられたんですよね。

Yunomi  軽音楽部で続けてました。オリジナル曲の作曲して、スコア書いて、メンバーに渡す担当もしていたんです。そこでなんか使命感というか、自分の人生で最優先すべきものはやっぱ音楽なんだよなって、音楽やりたいなって。みんなが就活してるのを見ながら、そう思ったんです。それで、音と向き合いたいって思って、音楽の専門学校に入り直して音響とか、PAとかレコードエンジニアリング的な勉強をしました。そして、卒業してから本格的な打ち込み音楽の世界に入ったんです。それまではロックだったんですけど、レディオヘッドを聴き込んだあたりから、エレクトロニカミュージックのほうが好きになっていったんですよね。

 

――それで好きな音楽を「仕事」にしていくわけですが、お金が発生した最初の仕事は覚えてますか?

Yunomi 先輩のバンドの録音かな。予算がないからスタジオ録音できないって言うんで、16チャンネルのMTR(マルチトラックレコーダー)使って、マイク立てて、レコードエンジニア的な仕事をしたんですけど、パンクバンドだから大変でした(笑)。しかも「このほうが音を全身で感じられる」とかいう理由でメンバーがみんな全部脱ぐんです。 全裸ですよ。それが最初の仕事かな……(笑)。