世界的バーチャル・シンガー・初音ミクが2007年に“デビュー”してから10年。今や「初音ミク作品」はイラスト40万点以上、楽曲は50万作品を超える。札幌で生まれた”彼女”は、なぜこれほど愛され続けているのか? “生みの親”伊藤博之さんにお話を聞きました。(全2回)
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この会社は「音の商社」です
――歌詞とメロディーを入力すれば、誰もがイメージ通りに歌を歌わせられるソフト「初音ミク」。“彼女”が生まれたのは、ここ札幌市にある、クリプトン・フューチャー・メディアです。そもそも伊藤さん率いるこの会社は一体どんなことをしているんですか?
伊藤 簡単に言うと「音の商社」です。会社の設立は1995年なんですが、その時からずっと、音を扱う事業を展開しています。たとえば、映画やゲームで使われる効果音を海外から買い付けて、それを国内の映画会社やゲーム制作プロダクションなどに売る仕事を設立当初からずっとやっています。
――効果音って売り買いするものなんですか?
伊藤 恐竜の「ギャーオー」って鳴き声とか、魔法使いが魔法をかけるときの「キラキラキラッ」って音は、この世の中には実在しない音ですよね。こうした音はサウンドクリエイターと呼ばれる人によって作られています。効果音のクリエイターは、だいたい映画産業とくっついているので、ハリウッドとか、トロントとかに多くいて、そこから仕入れることが多いですね。一方で、実在する音もあるんですよ。たとえば家が燃える「メラメラ」っていう音。燃える家の前にマイクを置けば採集できますけど、そんな機会はまずありませんよね。海外には膨大な音をライブラリー化している会社があって、そことの窓口をやっていたりもします。
――会社設立の95年以降、爆発的に市場が拡大した携帯電話がありますが、着信音も商品として扱っていたんですよね?
伊藤 着メロがビジネスになり始めたのは2000年ごろからです。あれも効果音というか、ワンフレーズの音。メール受信の時に「ホーホケキョ」とか「チリン」って音が鳴る、あれです。それまでの効果音ビジネスはどうしても映像業界、ゲーム業界に特化したものでニッチな商売でしたが、ここにきて「一般の人に向けて売れる音がある」と思いました。
「声」を求める声が多くて、ボーカロイドが生まれた
――その流れで言うと、初音ミクの誕生は「音」から「声」に商材をシフトした事例ということになるんでしょうか。
伊藤 そうですね。ただミクが生まれる前段にはいろんな試行錯誤がありました。さっきこの会社は「音の商社」と説明しましたが、現在取り扱っている「音楽の材料」の一つが「サンプルパック」というものです。SONICWIRE(http://sonicwire.com/)というサイトで配信しているんですが、ドラムやギター、さらには民族楽器やオーケストラまでのいろんな楽器の素材をソフトウェアとして提供しています。これがあることで、楽器を持っていない人、弾けない人でもパソコンさえあれば自由に音を組み合わせて楽曲が作れます。そしてこれらを使用するクリエイターの中でも、ニーズが高かったのが「声」だったんです。
――つまりは、自分が作った音楽に合わせて歌ってくれる「声」のソフトウェアを求める声があるだろうと。
伊藤 はい。それが歌詞とメロディーを入力するだけでボーカルパートを制作できる技術、ボーカロイドです。これはヤマハさんが開発した技術なんですが、開発当初は技術はあるけど何に使えるだろうって、実用化が進んでいない状況だったんです。こちらはユーザーに声の需要を見出していましたので、早速ヤマハさんにライセンスを受けて、それで製品化したんです。