「急坂を登ってみませんか」

 と誘われた。

「そりゃいいですね」

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 と答えた。

 普段、坂を登ることは好まない。

 道路も人生も、平坦なほうがいい。道路に限って言えば、下り坂だとなおうれしい。

 でも今回は、歓び勇んで坂道を登りに出かけた。

 しかも、飛行機に乗って、広島まで坂を登りに行ってきたのだ。高い所から眼下に広がる景色を眺めるのが目的ではない。眼下の景色なら飛行機から十分眺めた。

 今回の目的は、JR山陽本線・瀬野~八本松間にある急坂を登って下ることだ。

お世話になった「補機」EF210(愛称:桃太郎)

「なんだ電車に乗って来たのか」

 と考えるのは早計だ。

 電車で坂道を登っても記事にはならない。人が乗れないモノに乗ってこそ、記事としての価値が出る。

 読者諸賢ご推察のとおり、今回も「貨物列車」に乗りに行ってきたのだ。

勾配がきつくて有名な箇所がある

 この企画で過去2回、貨物列車に添乗させてもらった。

 1回目は常磐線土浦駅から南千住の隣にある隅田川駅まで。

 2回目は横須賀線の新川崎駅に隣接する新鶴見信号場から羽田空港の下を通って、大井ふ頭の隣にある東京貨物ターミナル駅まで。

 そして3度目となる今回は、山陽本線広島貨物ターミナル駅から西条駅までの30.2kmを往復することになったのだ。

列車の最後部であることを示す「後部標識」のうしろに補機が連結される

 なぜ広島なのかというと、ここには現在国内の貨物列車が走る区間の中でも、とりわけ勾配がきつくて有名な箇所があるからなのだ。

 広島駅から山陽本線上り普通列車で7つめ(神戸方)の八本松駅は山陽本線の駅の中で最も標高の高い場所にあり、1つ手前の瀬野駅からは22.6パーミル(1km進むと22.6m標高が上がる)という急勾配が続く。動力を持たない貨車を電気機関車が引っ張って上り下りする鉄道路線としては国内最大クラスの傾斜なのだ。

鉄道マンにとっての“難所”、鉄道マニアにとっては“名所”

 蒸気機関車の時代から「瀬野八(せのはち)」と呼ばれてきたこの区間は、鉄道マンにとっての“難所”、鉄道マニアにとっては“名所”とされてきた。

 何しろこの急坂は、機関車が引っ張るだけでは登れない。そこで列車の最後尾に「補機」という機関車を連結して、後押しをすることでようやく乗り越えてきたのだ。

 これは時代が移り、SLから電気機関車になってからも変わらない。広島から岡山方面に向かう貨物列車の後ろには「補機」が付き、前と後ろで協調運転をすることで、この坂道を超えていく。

 今回はこの「補機」のほうに乗せてもらうことになったのだ。