「ギシギシ」という感覚が伝える特殊な状況
ちなみに補機の運転士は、前方確認どころか信号機の確認もする必要がない。確認したところで、補機が信号機の前を通る頃にはすべて「赤」を表示しているはずなので、確認する意味がないのだ。補機の運転士の目は、終始計器類を凝視し続ける。
連結器を通して「ギシギシ」という感覚が伝わってくる。15両の貨車と先頭の本務機の重量をしんがりで支え、押している、という特殊な状況を、この「ギシギシ」が伝えてくれる。
言い換えれば、この「ギシギシ」がなければ、重たい貨物列車を後ろから押している感覚はないかもしれない。もちろん運転士にはその重量感が伝わっているはずだが、助手席に座る身には、機関車が高性能で居住性がいいだけに、その苦労がわかりにくい。少しでも苦労を分かち合いたいとは思うのだが、鈍感な記者には伝わってこない。機関車と運転士にばかり苦労を押し付けているようで申し訳ない。
ただ、これもあとで教えてもらったのだが、この日の1056列車は「軽かった」とのこと。
貨物列車の運転士は、基本的に「今日の荷物」について情報を持っていない。乗務前に調べればわかるそうだが、そこまでする必要もない。
ただ、広島支店の主力貨物に「紙」があり、これが載っている列車は重いという。乗務を終えてから、指導係の加川さんが話してくれた。
「本当に重いときは、ノッチを入れても簡単には動き出してくれない。それに比べれば今日なんて軽々としたものです(笑)」
「ノッチオフお願いします。どうぞ」
15時11分、本務機から連絡。
「1056列車補機さん。ノッチオフお願いします。どうぞ」
「1056列車補機です。ノッチオフ了解しました」
急勾配の区間を乗り越えたようだ。
運転士が何やら操作をし、「よし!」と喚呼する。
「1056列車本務機さん。こちら補機です。ノッチオフ完了しました。どうぞ」
「こちら1056本務機です。補機さんノッチオフ完了、了解しました。ありがとうございました」
補機としての役目を無事に終えたわが機関車は、再び「引っ張られる身」となった。
15時13分。八本松駅を通過。ここが頂上だ。駅の先に線路をまたぐように赤い橋が架かっている。マラソンの完走を寿ぐゴールアーチのようだ。
視界が開けて下り坂になる。時速は65キロに上昇。貯まったストレスを一気に解消するかのように快走する1056列車。心なしか前方のコンテナたちの揺れ方も楽しそうだ。先ほどまでと違って「脱力感」に満たされている。