9時37分。前方の信号が青に変わると、運転士が声を挙げた。
「二番線第一出発進行!」
そして定刻9時38分、列車は力強く動き出した。
貨物列車が出発する瞬間、運転台には「俺が引っ張っている」という感覚が伝わってくる。貨車一両一両に、連結器を通して順に力が伝わっていく感覚が確かにある。これは電車では味わえない。
新鶴見信号場。その広い操車場の真ん中あたりにある「着発二番線」を発車した列車は、ポイントをいくつも渡って左へ左へと寄っていく。隣接する新川崎駅のホームで、小さな子供が手を振っている。その奥からこちらに望遠レンズを向ける青年もいる。
鉄道貨物の全容を見るべく、東京貨物ターミナル駅へ
「文藝春秋」(2019年1月号)で、「どっこい生きてる 貨物専用『隅田川駅』」というルポを書き、その後発売された『平成の東京12の貌』(文春新書)にも改題収載された。
その取材では、普段一般の人が立ち入ることのない「貨物駅」で何が行われているのかを見て、そこで働く人たちの思いを聞くことができた。そして何より、トラックドライバーの減少による鉄道貨物へのニーズの高まりを、肌で感じることができた。
しかし、東京には鉄道貨物の拠点駅が二つある。主として北海道や東北、新潟方面への“北向き列車”が発着する隅田川駅に対して、九州や関西など“西向き列車”を柱とする東京貨物ターミナル駅だ。
二つのうちの片方だけを取り上げるのはバランスが悪い。まして東京貨物ターミナル駅は敷地面積、列車の発着本数、貨物取扱量において日本一の規模を誇る日本の鉄道貨物の心臓部だ。ここを見ずに鉄道貨物の全容が分かったような顔はできない。
ということで、前回の取材でお世話になった日本貨物鉄道株式会社(JR貨物)広報室に東京貨物ターミナル駅の取材を打診したところ、快諾を得られた。
貨物列車に乗って貨物駅に向かう
東京貨物ターミナル駅(以下「東京タ」)は、大井埠頭のある品川区八潮に広がるコンテナ専用の貨物駅。最寄り駅は東京モノレールの大井競馬場前駅か流通センター駅だが、我々はモノレールでは行かなかった。もちろん車ででもない。貨物駅に向かうのに最も適した乗り物、そう、貨物列車に乗って行ったのだ。
午前8時30分、横須賀線・新川崎駅に集合した記者と「文春オンライン」編集部のIデスク、それにカメラマンのY氏の3名は、JR貨物広報室の市川寛さんと中村玲香さんの案内で、同駅に隣接する新鶴見信号場に向かう。ここを午前9時38分に出発する「東京タ」行き第4072列車に添乗するのだ。
大井機関区の垣井洋之副区長(当時)から、これから乗る列車とルートの説明を受ける。
そもそも我々がいる新鶴見信号場とはいかなる施設なのか。