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「積替えステーション」に「ビール列車」……鉄道貨物輸送の「埋もれたニーズ」とは?

JR貨物・真貝康一社長インタビュー #2

2019/04/24

 トラックドライバーの減少という労働力の面と、二酸化炭素排出量の少なさという環境面という二つの社会問題を背景に復活の狼煙を上げたJR貨物(日本貨物鉄道株式会社)。

 昨年社長に就任した真貝康一氏は、元銀行マンだ。日本興業銀行で実績を積んだのち、長崎の大型テーマパーク「ハウステンボス」の常務として出向、12年前にJR貨物に移籍してきた。経営資源を構成する「ヒト(ハウステンボス)」「モノ(JR貨物)」「カネ(興銀)」のすべての要素に、事業の対象として関わることになった真貝社長に、鉄道貨物への思いを聞いた。

JR貨物の真貝康一社長 ©文藝春秋

銀行員、ハウステンボス……様々な経験から生まれた経営軸

――長く銀行に勤めていた経験が、いま活かされていると感じることはありますか。

 真貝 直接これがということはあまりないですね(笑)。JR貨物に来て12年になりますが、いまだに社員のみんなに育ててもらっている、という感じです。

 私のいた日本興業銀行は、長く日本の基幹産業の大企業をお取引先としてきた銀行で、私は化学や非鉄金属などの業種、あるいは公共法人などの営業を担当してきました。企業審査として、まず一番見極めなければいけないことは、経営者だということは若い頃から叩き込まれました。また、1988年にできた虎ノ門支店のオープニングスタッフとなるのですが、ここは興銀として初めて、ビルの1階ではなく、5階に開設した貸付専門の「空中店舗」でした。ここで中堅中小企業の経営者と数多く付き合うことができ、学ぶことも多くありました。

 特に、「“リスクゼロ”の経営では企業は伸びない」ということは、その頃に身についたと思います。リスクを取りながら利益を追求していくのが経営の在り方だ、という考えは、自分が経営者になった今も大切にしています。

――その後ハウステンボスに出向し、常務も経験しました。

 真貝 ハウステンボスは再建のために行ったのですが、バブル時代に作られたこともあって、リスクを取り過ぎていました。東京や大阪なら事業性はあると思いますが、長崎で数千億円の投資でテーマパークを作るのは無理があり過ぎました。ただ、金融機関の多額な債権放棄により今でも地域社会に大きな貢献をしている。そうしたところを見てきた経験は、経営をしていく判断として活きているとは思います。

©文藝春秋