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「鍵谷陽平に力を貸してもらえないだろうか?」

 ただ期間が短かすぎると思った。どう考えても無謀だった。だけどね、アイスホッケーの仲間が助け合ったんだ。僕も日光霧降アリーナ、東伏見ダイドーアリーナで声を嗄らした。そうしたら、しばらくして他競技の仲間たちが続々と手をさしのべてくれたんだ。北海道コンサドーレ札幌、レバンガ北海道、エスポラーダ北海道が積極的に署名集めに協力してくれた。僕の縁でアルビレックス新潟の仲間も協力してくれた。でも、まだ足りない。

 3月24日のオープン戦・ヤクルト戦。存続を願う会のメンバーが札幌ドームで署名の呼びかけをすることになった。それを聞いて僕は、日光アイスバックスの牛来拓都(ごらいたくと)に連絡を取るんだよ。牛来はアイスバックスの人気選手だ。北海高校出身、28歳、背番号30番。鍵谷とおんなじだ。同級生なんだ。鍵谷陽平、牛来拓都、それから日本製紙クレインズの春田啓和。3人の同級生がプロ入りのとき、空き番だった30で揃えた。何かグッと来るね。青春。友情。

 このなかで春田君は引退が早くて、マネージャーになった。日本製紙廃部ショックをまともに受けた立場だ。24日のオープン戦を目前に控え、僕は牛来に「鍵谷陽平に力を貸してもらえないだろうか?」と頼んでいた。牛来に頼むのがいちばん早い。

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 そのとき僕が考えていたのは「鍵谷のツイッターで告知してもらえないかな」くらいのことだった。札幌ドームに何万人集まったとしても署名活動やってることを知らなかったら来てもらえない。そうしたらね、牛来から「鍵谷はツイッターやってないそうです。でも、できることは何でも協力するって言ってます」と返信が来た。

 みんな信じられるかな? それから鍵谷がやったこと。プロ野球選手がさ、球団広報に掛け合って、まず球団公式ツイッターで告知。次に杉谷拳士に掛け合って、彼のインスタで告知。ヤクルト戦だから秋吉亮に声かけて、秋吉のツイッターで告知。アイスホッケーやってた杉浦稔大にも声かけて告知。

 その上、当日は杉谷拳士、斎藤佑樹に頼んで、札幌ドームの端っこでやってた署名現場に顔を出して、ファンに呼びかけてくれた。おまけに新聞記者をいっぱい連れてきてくれた。言っとくけど、僕はそこまで頼んでない。彼ら3人が自分で考えてやってくれたんだ。

ヤクルトとのオープン戦。署名現場に突然、ファイターズの選手が現れた。 ©えのきどいちろう

クレインズのその後

 またその登場が最高だったらしいよ。列の後ろに並んで、まず最初に自分で署名したんだ。ファンは後ろにファイターズのユニ着た選手が並んでびっくりだ。署名の後は呼びかけに回ってくれた。杉谷も斎藤も自分の役どころを心得ていた。

 署名はぜんぜん足りなかったんだよ。だけど、その日集まった分と、報道やら何やらが呼び込んで来た分とが合わさって、10万人に届いてしまう。正直、鍵谷陽平に声をかけなかったら無理だったと思う。鍵谷、牛来、春田の友情。鍵谷の北海道スポーツを思う心。

 その日、僕は都内で署名の呼びかけをやってたんだけど、札幌ドームの署名集めに鍵谷たちが出てきてくれて、それがファンの間に写真や動画付きで拡散されていき、やがて各新聞社のネットニュースで配信される様をオンタイムで見て、涙が出た。そんなことしてくれるなんてぜんぜん知らなかったんだ。嬉しくて嬉しくて、誇らしかった。僕の好きなチームはいいチームなんだな。鍵谷、杉谷、斎藤ありがとう。そこにいる冬の仲間もいい奴らなんだよ。みんなでがんばろう。

メガホンを持つ鍵谷陽平。最高の男だ。 ©えのきどいちろう

 クレインズはその後、「ひがし北海道クレインズ」というクラブチームとして新しくスタートすることになった。アジアリーグ・アイスホッケーは正式に来季加盟を認めた。それは北海道ががんばったんだ。沢山の人が力を合わせた。そこに鍵谷もいるわけさ。道産子、鍵谷陽平は最高の男なんだよ。

 鍵谷は巨人で背番号32を付けることになった。春田君は日本製紙に残り、新生クレインズには加わらないようだ。北海高校の「友情の30番」を付けるのはアイスバックスの牛来だけになった。

 だけど笑ったんだよ、僕が牛来に「鍵谷、巨人にトレード!」ってLINEで知らせたら、あいつもう知ってたでやんの。鍵谷が直接知らせたんだ。僕は鍵谷陽平は一生恩に着て、一生応援するな。

 ありがとう、鍵谷陽平。セ・リーグでもがんばれ。

 別れがつらいよ。ありがとう。

クレインズがよみがえる。北海道はがんばった! ©えのきどいちろう

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