ニコはボールを選んでいるか。
2016年5月27日横浜スタジアム。ちょっと前まで「友」だったはずのカープ。並んで地面に手をつき膝をつき、ぷるぷるしながらセ・リーグ組体操を支えていたカープ。しかし現実は残酷だった。カープのエースはヤンキースのエースとなり、巨額の報酬を蹴って再び赤いユニフォームに袖を通していた。そんな漢気に応えるように、かつての友はみるみる強くなり、気づけば組体操の上で見得を切っている。昨日の友は今日の敵だ。
しかしニコは怯まなかった。試合前「ヤンキースのエースだったから、(自分は)ジーターになりきって絶対に打ちます!」と高らかに宣言する。正直、ジーターがどんなにすごい選手なのか私は知らない。海外通販番組に「デレク・ジーターです」と言いながら出てきて謎のバッティングマシーンを売ってる人のイメージしかない。マドンナと不倫してた気もしたが、それはアレックス・ロドリゲスだ。すまない。しかしニコは私に教えてくれた。大エース黒田のスライダーを掬い上げ、宣言通りツーベースを打って。そう、ジーターもニコも打つべきボールを選べる男なのだ。そして全ベイスターズファンは思った。「ニコ、ジーターは黒田のチームメイトだ」。
絶対的に不利な状況をひっくり返せるのは、いつだってバカだ
ニコはボールを選んでいるか。
何を起こすかわからない、奇想天外で予測不可能な、まさにベイスターズのような選手だ。ベイスターズファンのバイブル、西崎伸洋一軍マネージャーブログ、通称「のぶマネブログ」に登場する時は、だいたい変顔。ヤンチャで、のぶマネとも何度も衝突して、審判とも衝突して、横須賀スタジアムでは1塁手とガチで衝突して、脳震盪で救急搬送されたこともある。ベイスターズをよく知る友人は言う。「担架が用意されたんだけど、ニコには『背中ついたら負け』という理論があるらしく、担架に胡座で運ばれていったといわれている」。わかる、空に腹見せたら負け。少なくとも私の住んでる川崎ではそうだ。そんなニコを先輩の筒香は「バカか?」とキラーフレーズで表現する。
バカ……なのかもしれない。だけど絶対的に不利な状況をひっくり返せるのは、いつだってバカだ。手を焼いたであろうニコを、のぶマネはいつだって褒める。「打率が低くても、印象に残る一打と周りが引くような熱がある」「野球は数字だけじゃない。ニコはチームの士気を高める力がある男」だと。
ニコはボールを選んでいる。
2019年7月9日神宮球場。6回表、同点の場面で代打で登場した乙坂智。2アウト2塁。初球はファウル。2球目はギリギリバットを止めてカウント1―1。そこからニコは驚異の粘りを見せた。我慢の打席だった。臭い球は全てファウルで凌ぎ、10球粘った末に四球を勝ち取る。全ベイスターズファンが驚いたはずだ。勝利への執念を、ニコがこんな大人な形で示すなんて。ニコがもぎ取ったフォアボールは、そのあとの神里のタイムリーと、ロペスの満塁弾へと繋がった。そしてチームは、一時は最下位スナックかなしみフル回転の状況から、この日同率2位へと浮上する。ニコの我慢がいつか実を結び、果てない波がベイスターズを優勝争いへと導いた。
あのボールに手を出していれば、あのボールに手を出さなければ、人生の好機は危機と隣り合わせで、私なんて後悔と反省の連続で。そんな時はニコのポケットの目薬を思い出す。大事な場面とともに、必ずそれはある。ユニフォームのポケットから慣れた手つきで取り出す。目に沁みて、世界は一瞬滲むかもしれない。だけど滲んだ先には、前よりずっと視界良好の未来が待っている。プロ初打席の直前。ベンチの裏で目薬をさして、目を閉じて静かに座っていたニコ。あのときまぶたの奥に見ていた未来が、もうそこまできてる。だから。
ニコはボールを選ぶ。ニコはボールを選べる。誰が何と言おうと、明日のニコの「選球眼」が、ベイスターズを勝利に導く。
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