笑顔なきヒーローインタビュー

 笑顔なきヒーローインタビューだった。アナウンサーからの問いかけに対して、誠実に受け答えはしているものの、決して白い歯がこぼれることはなく、その表情は「ヒーロー」のそれではなかった。それは、現在の彼が抱えている苦悩ばかりが目立つ、実に印象的なヒーローインタビューだった。

 8月25日、神宮球場で行われた対阪神タイガース19回戦。中村悠平はスタメンから外れた。この日マスクをかぶったのはプロ2年目の松本直樹だった。ベンチスタートとなった中村は、どんな気持ちで戦況を見守っていたのだろう? 8月に入っても、大量失点を喫するふがいない試合が続いていた。SNS上では中村に対して、「リードがワンパターンだ」「単調な配球」などと批判される機会も増えていた。「チームの勝利」という結果が伴わない日々。そんな中でのベンチスタートだった。

 1点を追う5回裏、二死満塁のチャンスに代打で登場したのが中村だった。神宮球場の片隅で、僕は祈った。「今日だけは自分のために打ってくれ!」と。普段の僕ならば、ビールを飲みながら、「頼む、一生に一度のお願いです、オレのために打ってくれ!」と図々しい願いを抱いているのだが、この日は違った。中村が抱えているであろう苦悩が、少しでも軽くなるべく、「まずはバットで結果を出してほしい」と願ったのだ。

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 この場面で中村は三遊間を破るレフト前ヒットを放った。中村の一打で見事に逆転に成功し、僕はひとまずは安堵した。スタメン捕手の松本の代打ということは、当然、次の回からは中村がマスクをかぶることになる。この状況下で僕は、「一生に二度目のお願い」として「好リードで投手を支えて、このまま勝利してほしい」と祈っていた。

 そして、途中からマスクをかぶった中村は、先発のブキャナンに勝ち星をつけ、継投で登場した坂本光士郎、平井諒、梅野雄吾にホールドをつけ、クローザーのマクガフを巧みにリードし、見事に5対1で勝利した。この日、中村がマスクをかぶってからは4回を無失点に抑えた。先発マスクをかぶった松本も立派だが、途中出場で無失点に抑えた中村も立派だった。殊勲の逆転打だけでなく、相手に追加点を与えなかった好リードを受けて、中村がヒーローインタビューに指名された。それでも、中村は最後まで厳しい表情を崩すことなく、「残り、神宮での試合も少なくなってきましたが、僕らは一戦、一戦、頑張っていきますので、これからも熱い声援お願いします」と淡々と語るにとどまった。

プロ11年目、29歳の「正捕手」 中村悠平 ©時事通信社

「アンチ中村」とも勝負する日々

 中村悠平は苦悩している。プロ11年目、29歳の「正捕手」はもがき続けている。故障者が続出したシーズン序盤から下位に沈み、不動の最下位となった今季のヤクルト。明るい話題は2年目の村上宗隆の飛躍だけで、チームは浮上のきっかけをなかなかつかめないでいる。チームが弱いと、さまざまな不協和音が生じるのは世の常だ。チーム内の状況がどうなっているのかは部外者にはわからないが、少なくとも、SNS上は荒れている。

 負けが続くと、「戦犯探し」が始まるのも世の常なのかもしれない。そこでは首脳陣に対する批判も多いけれど、現役選手に対する批判と怒りのはけ口は、しばしば中村に向けられていた。「抑えれば投手の功績、打たれれば捕手の責任」というのは昔からのお約束だが、それにしても、中村に対する辛辣な意見が目立った。

 それでも、僕は今年の中村は本当によく頑張っていると思う。打っては、打撃開眼の気配を見せているし、守っては野手陣に対する守備位置の的確な指示や、「中村ウォール」と呼びたくなるほどの好守を連発している。問題の配球面に関しては、正直なところ僕にはよくわからない。いくら完璧な配球を考えても、投手がそこに投げられなければ意味はないし、あるいはリードとは違う逆球が功を奏して、たまたま抑えることもあるだろう。

 中村は常々、「背番号《27》を背負いたい」と口にしているのは周知の事実だ。ヤクルトにおける背番号《27》は、カネヤンと名コンビを組んでいた根来広光をはじめ、V1戦士・大矢明彦、そしてあの古田敦也がつけていた由緒ある背番号だ。先日、中村が好プレーを連発した際に、僕は喜びのあまり、「これで背番号《27》に近づきつつあるかも?」とツイートしたところ、ヤクルトファンの方々から予期せぬ反響があった。

 要約すれば、「中村はまだまだ古田に及ばない」「リード面で不安が残る」というものが多く、中には「背番号《27》への冒涜だ」という意見もあった。人それぞれ、いろいろな考えがあるから、どんな意見を持とうと全然構わないのだけれど、それにしても想像以上にネガティブな反応が多いことには驚いた。まさに「アンチ中村」としか言いようのない辛辣な言葉を多く目にするとは思わなかったからだ。改めて実感する。中村はこうした声とも勝負しなければならないのだ。それがプロの宿命とはいえ、実に難儀なことである。

 そうした声を聞くたびに、「中村、もっともっと頑張ってくれよ」ともどかしくなってくる。ここ数年、ヤクルトの投手陣はほぼ壊滅状態にある。その矢面に立たされているのが中村だった。井野卓、西田明央、松本直樹、古賀優大ら、他にもキャッチャーはいる。けれども、キャリア、実績、年齢など、総合的に判断するならば中村が、「正捕手として適任だ」というのが、僕の感想だ。